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風火連理、連載開始前の話です






「風花、久し振りじゃねえか。元気だったか?」

「元気よ。かれこれ半年振りかしら、将臣」



将臣がふらっと立ち寄ったのは、夏も終わりを迎えようとした頃だった。







「晩夏」









私は本宮での用を済ませ寄り道をしようと、普段通る道を外れた。


熊野での私の立場はとても重要らしい。
らしい、とわざわざ付けるのは‥‥‥まだ自覚がない証だったり、するから。

勿論、自分が背負うものの大きさは自覚しているつもりだ。



それでも、時折外に出たくなる。

身に危険がないよう、常に誰かの眼が行き届く生活に、私はまだ慣れないでいた。


「少しくらい、外の空気を吸ったっていいじゃない」


‥‥‥そう呟いた私は足を止めた。

そのまま整備の行き届いた参道には行かず、知る人の少ない獣道に踏み出す。


足場が悪く、履いている草履は上質過ぎて、逆に滑り易い。

身に纏う着物は、最上級の絹に螺鈿を施したもの。


私が以前住んでいた世界なら、恐らく高級車が買えるような値段だろう。



汚したり破れたりしないように冷や汗を掻きつつ、引き返そうかと思いながらも、ひたすらに急な山道を降りた。







「‥‥‥んーっ!!気持ちいい!」



大きく伸びをすると、ひんやりとした心地よい空気に癒される。

『ここを知る人は殆どいないんだよ』

と彼が教えてくれた場所。


一人になるには最適だからやって来た。
眼前に広がる小さな泉。


キラキラと陽光を乱反射しては、時折浮かぶ水紋が光を捕まえようとする。

幻想的なそれは、自然が生み出す舞の様に美しくて。
我を忘れて見入っていた‥‥‥‥‥‥けれど。


砂利を踏む僅かな音に、私の身体は反応した。



「‥‥‥誰?」

「待て風花!俺だ!」

「あら、将臣?久し振りね」

「‥‥‥お前なぁ。刀下ろせ、刀」



参ったから!
と両手を顔の位置に上げる将臣に謝りながら、首に突き付けた刀を戻した。



「ったく。知盛かと思ったぜ」

「仕方ないじゃない。弟子は師匠に似るものよ」

「‥‥‥はぁー。熊野に来てもこれかよ‥‥‥」


盛大な溜め息と共に頭をがしがしと掻く将臣を見ていると、笑いそうになった。

この様子だと、知盛殿に同じ事をされているのだろう。
そう考えるとおかしくて。


懐かしくも愛すべき、今は遠い平家の皆を思い出す。


弾む心は正直だった。




「みんな元気かしら?」

「ま、こっちは変わらずやってるぜ?お前はどうなんだよ?」

「‥‥‥‥‥‥私?」

「ああ。だってよ、お前‥‥‥」



将臣のもたらした言葉に

私は少し驚いた。














「‥‥‥そろそろ帰らなきゃ」



‥‥‥時間も忘れ、二人で話し込んでいた。



と言っても、京に居る人達の話をひたすら聞いていただけなんだけど。

でも、すっかり遅くなったのは事実。




本宮を出た、と連絡はもたらされている筈だから。

きっと今頃は騒ぎになっている‥‥‥かもしれない。






「将臣はどうするの?一緒に来る?」



歩き出そうとした向きのまま、肩越しに振り返った。


将臣は肩を竦めている。



どうかしたの?と聞こうとしたけれど。

問いはついに発せられる事がなかった。



「それは幾らなんでも許せないね」

「‥‥‥っ!?‥‥んんっ‥‥‥」




気配もなく伸びた腕に捕らえられたかと思うと、息もつけぬうちに唇を奪われた。



「はぁ‥‥っ‥‥‥‥」




彼によって開かれた心と身体だから、

この深いキスの前には何も考えられなくなる。



「‥‥‥オレの姫君は隠れ鬼がしたかったのかい?」




触れた時と同様、急に離れた唇。
惜しみながら、目線を上げた。



宝石のように輝く赤。



胸が締め付けられる程、愛しい紅玉の様な眼。
けれど今浮かぶのは、微笑。
そして微かな苛立ちだった。




「随分探したぜ?風花」

「‥‥‥ヒノエは嘘つきね」




私に烏を付けて、監視していたくせに。




言外に気付いている事を匂わせて、僅かばかり恨みを込めて睨む。

すると、ヒノエは小さく笑った。



「それは酷いな。オレの何処が嘘つきなんだい?」

「さぁ?胸に手を当ててよく考えれば分かるんじゃない?」

「胸に手を当てて‥‥‥ね」






ヒノエの眼が妖しく光った、気がした。





思った瞬間に、私の身体はヒノエの腕の中に。

両手で掬われる。



「ヒノエってばっ」

「‥‥‥将臣。話は明日でいいかい?」

「‥分かった分かった。明日でいいって」

「ああ、助かるよ。じゃあオレの花嫁は返して貰うから」




言い残して振り向きもせずに歩き出した。



「‥‥‥ほどほどにな」



背後からぼそっと呟く声が聞こえたのか否か。


ヒノエは黙って歩く。

降ろして、とは言わせない空気を放つ彼に、私は予感を覚えた。




今夜は、眠れないかもしれない‥‥‥と。



「ヒノエ。重いでしょう?自分で歩くから‥‥‥」

「聞かない」



決然とした拒絶に潜む怒り。


何を怒っているのか分からない、とは言わない。

ヒノエのこれは、いわゆる嫉妬。





さっきまで呆れていた私なのに、下から見上げたその表情はとても‥‥‥。


ふふっ、と笑みが零れた。



「焼き餅焼いてる別当様って可愛い」

「‥‥‥は?」



腕に力を込めて、首を引き寄せる。

不意打ちのキスをすると一瞬眼を見張らせ‥‥‥‥‥‥ニヤッと笑った。



「‥‥へぇ。随分余裕じゃん、風花」

「‥‥‥‥‥‥えっ?」





ヒノエは不敵に笑う。


‥‥‥危険な眼差しに背筋がゾクッとした。


冷や汗が流れる。



「‥‥‥オレの姫君は、熊野別当を妬かせただけじゃなく、挑発までしてくれたからね」

「‥‥‥‥あの、落ち着ちついてね。ね?」

「もう遅いよ風花」


ピタッと足を止めて、私の顔を覗き込んだ。


綺麗な赤い眼は、私の全てを魅了する。



「‥‥‥‥‥‥オレの事だけ見てなよ‥‥‥」

「‥‥‥ん‥‥‥」



半ば捩じ開ける様に重なる唇。

強引なのに心地よくて、すぐに我を忘れそうな、それは魔法。




キスは段々深くなっていった。



息が苦しいのに

頭が、身体が痺れ疼く。




「風花‥‥‥」




いつの間にか、私は岩の上。


背中に当たるのは固くて冷たい無機質なものだけど、
‥‥‥たまには流されてもいいかしら。



なんて思ったのは、私を見る眼が、とても

「愛しい」のだと語ってくれたから。



樹々の葉擦れの音
それだけが、私達の伴奏。










『熊野別当の妻を狙う輩がいるらしい。だからお前が一人でいるのに驚いたぜ』

『‥‥‥烏の人が常に付いてるけど』

『なんだ。お前、随分愛されてるな。どこかに閉じ込めるくらいやってもおかしくないのに』



‥‥‥そうしないのはきっと、閉じ込めたら、私が私でなくなるって分かってくれているからだと。

そう思うと嬉しかった。




「本当はお前を閉じ込めてしまいたいけどね。誰にも見えないように‥‥‥」

「‥‥‥え?」

「そうすれば姫君の眼に映るのは、オレだけだろ?」




‥‥‥前言撤回したほうがいいのかも、知れない。











 

   
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