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炎を思わせる赤い髪。
光とを受けた癖のある髪。
風に揺れてさらさらと動きを生んでいる。
閉じた瞼は睫毛さえも繊細で、有名な彫刻家が生涯をかけて作り上げた作品のように綺麗。
いつまでも見飽きる事のない彼の寝顔───
私だけに見せてくれる
私だけの、特権。
比翼風火番外編
春眠
眠るのに最適な、春の陽気。
戸を開けて庭の花木を眺めていたのは
まさに麗らかと評すべき、午下がりの事だった。
ひらり、ひらり、白い花が一枚一枚散る。
合わせる楽はない。
けれど、舞い落ちる姿は楽の音など必要ないほど、完成された春の唄───
かたり。
廊から床の軋む音に振り向いた私は、音の主に意外な思いを抱いた。
意外なのは此処に彼が居る事に対してではなく、今、彼が此処に帰ってきたことに対してだけれど。
「‥‥確かあなたは水軍と沖に出た筈よね」
「第一声がそれかい?寂しいね。風花の喜ぶ顔が見たかったんだけど」
ヒノエが私の頬を両手で挟む。
綺麗な一対の紅に拗ねた光を見出して、私はクスクス笑った。
「思いもよらず愛しい旦那様に逢えて嬉しい。お帰りなさい」
「ただいま、オレの姫君」
望む言葉を口にすれば、満足そうに眼を和ませた。
重なる唇は一瞬だけ。
「でも、どうして?」
「あいつらが気を利かせてくれたんだよ。花嫁に逢いたい男の恋心に打たれてさ」
馬鹿ね。
私が即座にそう思ったことを、この一癖も二癖もある彼は知っている。
悪戯っぽく煌く瞳。
いつの間にか腰に回された腕に力が籠められた。
ちらり、外を見れば白い花片が踊っている。
攫うのはさっきよりも強い風。
「‥ああ、もうすぐ時化が来るから中止になったのね」
「そう言うこと。日が暮れる前には陸も荒れるだろう」
だから偵察は中止だと。
誰よりも熊野の海を愛するヒノエは笑った。
「昼間からこうして二人で過ごせるなんて久しぶりね」
「嬉しいかい?」
「‥‥聞かなくても分かっているくせに」
「ふふっ、オレとしては是非聞きたいけどね。お前の唇から、可愛い言の音を」
「‥‥‥馬鹿」
夕方には荒れると言えど、今は眠りを誘うほど暖かい陽気。
これが嵐の前の静けさなのだろうか。
私の隣に来ると、ヒノエは並んで腰を落とした。
胡坐を組んで、同じ様に外を眺める。
‥‥庭で揺れる梅の木。
夜には春の嵐が花を散らしてしまうのか。
そんな事が想像つかないほど、のんびりと流れる柔らかな時間。
こんなのどかな時間を二人で過ごせるなんて。
そっと隣に凭れれば、暖かい熱を頬に感じた。
「そうやって甘えて来る可愛い姫君を見るのは、オレだけの特権ってね」
「‥‥‥人前では出来ないもの」
「させない。他の野郎に見せる気はないからさ」
ぐっと肩を抱かれる。
力強いしなやかなヒノエに包まれて眼を閉じると、彼の肩に凭れた私の頭にそっと重みが加わる。
額にやわやわと触れる、癖のある赤い髪。
「けど、ちょっとだけ残念かな」
「何が?」
「こうやって触れるのも好きだけどさ、愛しの姫君の顔を見つめられないだろ」
痺れる媚薬のような言葉の甘さに、今でも時折射抜かれる。
速まる動悸を誤魔化すように眼を閉じて、ヒノエの胸に頬を寄せる。
衣越しに伝わる彼の鼓動を感じた。
「‥‥‥」
抱き合って、キスをして、高まる熱を分かち合う行為に夢中になるけれど。
こうしてただ静かに寄り添う事も愛おしい。
ヒノエの匂いや温もりに包まれて、凭れてくる彼のそっとした重みを受け止める。
ぽかぽかと気だるさを感じさせる春の午後は、穏やかに過ぎて行く。
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