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「はぁぁっ!」
「‥‥‥いい突きしてるけどね。踏込みが甘いんじゃない?」
「‥‥‥随分と余裕ね」
「そう見えるのかい?」
「悔しいけど‥‥‥!そうね!!」
カ‥‥‥ン!!
隙を見つけた、と一歩踏み込んで斬り掛かったのに。
木独特の乾いた音がした、と思ったら私の手から木刀が弾かれた。
代わりに首筋に正確に当てられる切っ先。
「‥‥‥はぁ。参ったわ」
「惜しかったね、風花」
「ヒノエが作った隙だって、気付くべきだったのに‥‥‥」
心底悔しくて呟けば、ヒノエは苦笑した。
木刀を下げて代わりに首筋に触れる、長い指。
「‥‥‥何度やっても勝てないのが、悔しい」
「ふふっ。オレは風花より強くなくちゃね。お前を守れないだろ?それにオレは熊野水軍の長だからね」
ヒノエの言う事も、尤もだと思うけど。
ふぅ、と肩を落とす。
ヒノエは声を上げて笑うと、私を引き寄せた。
先程までの稽古の火照りと、別の期待が生み出す熱と。
抱き締め合えば、互いの心音が重なる。
「戻ろう風花。今日の報酬を貰ってもいいだろ?」
「‥‥‥聞かないでよ、馬鹿ね」
唇は互いに近付いて、音を立てて浅いキスをする。
数度繰り返せば、身体の芯に火が灯る私達。
「‥‥‥邸に戻るまではダメよ?」
「姫君にそう言われたら仕方ないね。捕まってな」
抱き上げられた私はヒノエの腕を背に感じた。
出会った頃よりも、逞しくなったその腕。
熊野の地、それと私を守る為にあるのだとヒノエは言う。
「‥‥‥‥‥‥そんな誘うような眼で見つめて、オレが黙っていると思うのかい?」
「‥‥‥ヒノエって格好いいな、と思ったの」
私を運ぶ足が、止まる。
「‥‥‥っ、あ‥‥‥」
こんな‥‥‥邸の外に、誰が通るか分からないのに。
翻弄される唇に応えるように、必死に抱き付いた。
「‥‥‥風花」
その声は、小さく残る抵抗すら奪う。
それでもなけなしの理性を掻き集めて、私達は部屋に縺れ込んだ。
「‥‥‥愛してる、ヒノエ」
「ああ。お前の全てを愛しているよ」
お願い、ねぇ。
名前を呼んで。
「あっ‥‥‥ヒ、ノエっ‥‥‥」
「風花‥‥‥風花‥‥‥」
朝の稽古を目撃した女房が再び私達の姿を見るのは、日が西に沈みかけた頃。
最愛の彼に嫁いで半年。
それは、秋のことだった。
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