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「ま、今日は帰るとしますか。譲くんと晩ご飯食べる約束してるし」
「え?譲ってばいつの間に来ていたの。客殿?」
「うん。私の部屋と離してもらってるけど」
さらっと流す望美の一言に、譲への同情を抱いた。
‥‥‥望美ってば、結構毒舌だから。
「後で風花のご飯も持っていくって言ってたよ。あ、ついでにヒノエくんの分も」
「それはありがたいけど‥‥‥望美は好きな人がいないの?」
「え〜っ?いきなり何なのっ?」
「いい加減、答えを出してあげれば?将臣も譲も待っているじゃない」
「う〜ん‥‥‥」
望美に、焦らすつもりがないと知っている。
彼女は彼女で考える事があるんだとも。
でも‥‥‥
「オレとしては、野郎なんてどうでもいいけど」
言い淀んだ私の背後から腕が伸びて
そっと、ヒノトごと包まれた。
背中越しに感じる体温は優しくて、力強い。
「お前が幸せにならないと、風花が泣くからね」
「あはは、風花が泣いたら私が引き取るよ」
望美は軽やかな笑い声を上げる。
収まった後、今度はきちんと座り直した。
腕の中の一華を見、それから視線を私たちに戻す。
彼女の強い眼差し。
それに気付いたヒノエが、そっと一華を抱き取った。
「風花、大事な話があるんだ」
「やっと本題に入る気になったのね?」
「っ‥‥気付いてた?」
「ええ。ここに来てからずっと、落ち着かなかったから」
「風花には敵わないなぁ、もう」
小さく呟き、切なそうに眼を伏せる。
望美がこれから紡ぐ言葉を、予想していた。
本当は、聞きたくなかった───
叶う事なら一生。
「風花のお産も無事に済んで可愛い双子に会えたから、私も安心出来たよ。だから‥‥帰るね」
「‥‥‥望美」
「それはまた急な話だね。理由を聞いてもいいかい?」
叶う事なら、一生
同じ世界で‥‥
「風花には前に一度だけ言ってたんだけど。あのね、決めたの。譲くんと‥‥一緒に、帰るって」
「譲、と?‥‥じゃぁ」
「あの、でもまだ色々準備もしたいからあと一月はここに居るんだよ!?まだ風花と話したいことがあるし、一華とヒノトを抱っこしていたいし!!」
‥‥‥一生、同じ世界で生きていたかった。
「‥おめでとう、望美」
「譲も果報者ってとこだね」
「‥‥もう!ヒノエくんからかわないでよ!」
それから暫く他愛のない会話を楽しんで、
望美が本宮近くの客殿に帰っていった。
すやすやと小さな寝息がふたつ。
白い褥にそっと寝かせると、ヒノエも抱いていた娘を隣に寝かせた。
「‥‥望美の送別会は盛大にしてあげないと」
「‥‥‥」
「九郎さんと景時さん、朔を呼んで。将臣も‥‥‥変に気を遣うと怒るものね」
望美が生まれ育った世界に帰るつもりだとは、ずっと前から知っていた。
けれど、私の妊娠を知ってから一言も口にしなくなった。
まるで最初からなかった様に。
そして私も何も聞かない。
それが彼女に依存しているのだと知りながら、それでも傍にいて欲しいと望んでいた‥‥。
「他でもない望美の旅立ちだもの。私に出来る精一杯は」
「風花」
私の言葉は最後まで続かなかった。
肩を引かれ、そのまま正面から抱き締められる。
「‥‥今、望美はいないだろ?」
ぽんぽんと、優しく背を撫でてくれる手。
「お前が涙を堪えてると、望美に妬けて仕方ないけど?」
「‥‥凄い理屈ね」
本当、「泣いたから妬く」ならともかく。
「何とでも。オレはお前の涙に弱いけどさ、泣けないお前にもっと弱いからね」
──惚れた弱みってヤツだと思うだろ?
そう言って熱い胸に私の頭を押し付けてくる。
「っ‥!」
「オレの体も、腕も、胸も、お前のものだって忘れたのかい?」
「‥ヒノエ‥‥」
少し苦しくて、その痛みが何処から来るのか分からないまま、込み上げる衝動のまま涙を流した。
いつか別れが来ると思っていた。
時空を超えた時から。
そう、ヒノエに出会えた日から‥‥‥。
「‥‥胸、借りても?」
「お好きにどうぞ。オレの前だけは、立場も義理も関係ない。風花はただ、オレの花嫁だからね」
優しく力強い言葉が胸に染みこんでゆく。
しなやかな背にしがみ付く様に腕を回して眼を閉じれば、強く強く抱き締めてくれる体温が愛しい。
‥‥今だけは、甘えさせて。
さよならの時は
望美の親友として、笑顔で送り出すから。
‥‥‥涙が緩やかに流れ、やがて尽きた頃。
突然腰を上げたヒノエに手を取られ、自然と立ち上がった。
「風花、乳母を呼ぶけどいいかい?」
「え?」
その意図が掴めない私に向かい、くすっ‥と笑った。
人を惹き付けて止まないあの笑顔は、今でも私の心をおかしくする。
「これからは夫婦の時間だろ?花嫁の悲しみを歓びに変えるのも、男の役目ってね」
「‥‥‥馬鹿」
近付いてくる顔に眼を閉じる。
重なった唇は羽のように優しく、ヒノエの匂いに包まれる。
「‥‥風花、愛してるよ」
手に入れたものと、失ったもの
どちらが多いのか量り知る事は出来ない。
私が選んだ道は厳しいもの。
これから先、もっと多くを失うのかもしれない。
───それでも
何を引き換えにしても失えないものが、あるの。
私を軽々と抱き上げ、二人の室に向かうヒノエの胸に耳を寄せて
逞しい鼓動に眼を‥‥‥閉じた。
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