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春の嵐は桜の花弁を舞い吹雪かせる。










六波羅

今は焼け野原と化した、ある一族の邸跡。


そこで、彼女の横顔を捉えたのは偶然だった。



涙はない。
だが慟哭しているような儚い眼で‥‥‥ただ静かにそこにいる。

ただ一人になりたくて、と言った風情だ。



‥‥‥さて、どう声を掛けようか。



後ろから気配を殺して近付く、その時。








一陣の悪戯な風が姫君の髪飾りを奪い、オレの足元に運んできた。






「‥‥‥可愛い姫君。落とし物だよ」



背後からそっと耳元に囁けば、慌てて振り返った。

驚愕の眼と共に、右手が素早く動く。

手とは対角。
左腰に手を伸ばし、空を掴んでいた。




‥‥‥なるほどね。





「‥‥本当だわ。ありがとうございます」

「待ちなよ。名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」



綺麗な顔に微笑を貼り付け、踵を返す女。

何処か冷たさを感じる態度に、更に興味が募ったのも事実。



「オレはヒノエ。姫君は?」

「‥‥‥風花」

「へぇ、風花って言うのか。可愛いじゃん」

「じゃあ私はこれで‥‥」



‥‥‥早く離せ。

そう、煌めく眼が告げる。


あくまでも自分に反応を示さない女。
それが酷く新鮮だった。



「つれないね、風花。まぁ今日はお近付きになれたし、これでいいか。
‥‥白龍の神子さまに、よろしく」

「‥‥‥何の事かわからないわ」



直後に感じた、冷ややかな殺意に似た気。


風花は、見た目の儚さだけでは語れない姫君のようだ。




「そんな怖い眼するなよ‥‥そんな風花も魅力的だけどさ」

「――何が言いたいの?」

「伊達に六波羅に住んでる訳じゃないって事。なぁ、いつか風花の事も教えてくれよ」

「そのうちね、じゃあ」



手を振り払おうとするから、簡単に離してやる。








‥‥‥風花が踵を返す直前に、眼が合った。

宝玉のような黒い、眼。








「風花、か‥‥‥‥面白い姫君だね、お前は」



振り向く事のない後ろ姿に、話し掛けた。



先日の剣を避ける動作や、さっきの手の動き。

そして、鞘と手が対角になる事。

それらから、振るう得物は刀だと推定する。




‥‥‥そして。

さっき、風花が泣きそうに見つめていた場所。


少し前までこの場所で栄えていた『一族』、と言えば‥‥‥。




平家




「オレの想像が間違えていないなら、益々興味が沸いて来るよ」



なぜ、源氏にいるのか。

なぜ、刀を握らないのか。



調べるべき事がまた増えた。




「ふふっ。落とし甲斐ありそうじゃん」





眼裏に焼き付いて離れない、黒い綺麗な眼。
強さとは真逆の危うさも秘めているようで、何故か気になって仕方ない。



それが恋心だと気付いたのは
熊野で再会した時だった。






 

 
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