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「‥‥‥後は頼む。明日になるまで呼ぶなよ」

「へい、頭領」



早急な要件だけ片付けて、オレは帰る旨を告げる。
ついでに呼び出し禁止だと付け足せば、部下は愉快そうに笑った。


今日がどんな日だか分かっているから。







邸に向かう足を速める。


まだ早朝。

きっと風花は眠っているだろう。





熊野本宮の敷地の最奥、そこにオレ達の新居がある。

生い茂る緑の濃い豊かな森の中。
そこに居を構えたのは、オレの花嫁たっての願いだったから。

最近、僅かな物音でも起きる様になった風花。
そんな彼女を起こさない様に、足音を控えて邸への残り短い距離を歩いた。



「‥‥‥風花?」



眠っている。
そう予想していた筈の風花は起きていた。

庭に佇んで空を見つめている。



近付くオレに気付かずに、朝日が昇る光景をただ眼に映していた。
強い眼を束の間緩ませて。










その眼差しが

横顔が



眠っていた記憶を揺り起こす。













初めてお前に惹かれた‥‥‥‥‥あの日を。










風火連理 誕生日特別編
『春日和』





 






初めて出会ったのは

春の六波羅。












「巷で噂の神子姫、ね。男なら興味を覚えなきゃ嘘だろ?」



熊野を護る身としては、白龍の神子の噂が真実か否かを見極める必要があった。
烏の報告によると、当の姫君は京にある源氏の軍奉行の邸に身を寄せているとの事。

京を、この世を救うと言われている伝説の神子姫。
それが源平のどちらかに組みしていると言うならば、ただ静観するだけではいけないだろう。




源氏と平家の力関係は互角。

‥‥‥いや、若干平家が有利だと言える。
だが、源氏にいる神子が本物だとすれば‥‥‥ある意味戦局は未知のものになるだろう。


ならば、見極める事が肝要。


そう言って、熊野を出て来て既に数日が経っていた。














「へぇ、あれが神子姫ね。可愛いじゃん」



勿論単独で行動しているから、呟きに答える声はない。

それも勿論、承知の上。


目星を付けていた大木に登る。
予想通りそこは、梶原邸が視界に入り、且つ距離があった。
見つかる事のない絶好の位置。

烏の情報に依れば、庭で剣の稽古をしているのが白龍の神子だろう。

意思の強そうな美少女、と言った所か。






想像以上の容姿に満足し、今日の偵察を切り上げようとした時。








ふと眼の端が赤を捕らえた。








「あれは‥‥‥?」





昨日、先に京入りした烏から聞いた話だと、梶原邸にいる姫君は二人。

一人は神子姫、もう一人は梶原景時の妹で尼僧だと。

庭に姿を現したのは、黒髪の女。
長い髪や赤の華やかな着物から、出家していないと分かる。
という事は、梶原家の姫君ではないという事だ。


その女は剣を振るう神子姫に怯む事なく近付く。


よほど熱中しているのか、振り下ろす勢いは止まらず‥‥‥後ろの女に気付いていない神子姫。



素人が無闇に剣の側に近付くのは危険。


ましてや得物は真剣だ。

神子姫の振り上げる刃が、背後まで来た女の脳天に迫る。






危ない、と思った。

‥‥‥だが。



「‥‥‥‥‥へぇ」



思わず口笛を吹いた。

赤い着物の女は僅かに身体を横にずらして、当たり前の様に避けたのだから。


日頃から研ぎ澄まされていなければ、即座に反応出来ないだろう。



「面白いね」



女は、何も知らぬ神子姫に後ろから声を掛けて、何かを告げていた。

こちらからは、後ろ姿しか見えないのが残念。



‥‥‥恐らく外出を伝えたのだろう。


用が終わったのか、神子姫から離れた女は向きを変える。











‥‥‥ふとした瞬間、垣間見る横顔。



その眼が深い葛藤を抱えている様に、見えた。


そう。

秘密を抱きその重さを知る者が持つ独特の‥‥‥覚悟のような。




 

 

  
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