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ヒノエってモテる。


そんなことは分かっていたの、最初から。



あの容姿に、家柄に、自信に満ちて堂々とした姿‥‥‥。

女が放って置かないのは当たり前。






「ヒノエ〜!!」

「ふふっ、今日の姫君も可愛いね。悪い男が放っておかなくなるぜ‥‥‥気をつけなよ?」

「やだ、ヒノエが守ってくれればいいじゃない」

「オレ?‥‥‥出来れば守ってやりたいけどね、そうもいかないかな」



たまには海にでも散策に行こう。
なんて思ったのは間違いだったのかしら。


本宮から山道を抜けて、浜辺に辿り着く手前で私の足は止まった。



夫の腕に腕を絡めてしなだれかかる、私と同じ位の娘。

振り払わずに笑う‥‥‥‥‥‥ヒノエ。


立ち止まった足はそのまま踵を返した。







ヒノエは女性の全てに優しい。

甘い言葉を惜しまない。





そんなこと分かっていた。


でも、時々‥‥‥









『そので』








「つれないね、まだオレは満足してないけど」



起き上がって夜着に袖を通す私にヒノエが言った。

まださっきまでの余韻を残した声音。


それが私の芯を熱くさせるって知ってるんだから、質が悪い。



帰って来たヒノエに話をするつもりが、成し崩しに組み敷かれた。

抗うつもりだったのに‥‥‥眼が合えばもう、ダメ。
煌めく彼の紅は私を容易く捉えてしまう。

そして今に至るんだけど。



「風花?」



呼び掛ける声にも答えずに、褥に寝転ぶヒノエに背を向けたまま。


私は黙って帯を探していた。

脱ぎ散らかしたヒノエの服や装飾具。
その合間に帯を探せど見つからなくて、片手で袂を合わせて反対の手で探ってゆく。



「お前の探し物はこれかい?」



クスクスと楽しそうな声音。
振り返れば、彼の腕に巻かれた細い帯が眼に入る。



溜め息を堪えた。




「返してくれるかしら?」

「嫌だと言ったら?」

「‥‥‥返して」

「オレはまだ満足してない、そう言っただろ?まだ足りないね」



仕方ない。
帯なら隣の部屋に沢山あるもの。
ヒノエから奪うのは諦めて、私は立ち上がった。

‥‥‥つもりだった。



「‥‥‥甘いね、風花は」



視界は反転。
予想はしていたけれど、こうも易々と押し倒されれば少し悔しい。

見上げれば目の前に広がる真紅の髪。



「お前の愁い顔すら見惚れてしまうけどね‥‥‥オレの花嫁の眼を曇らせているのは、何?」



いつもは自信たっぷりな眼が真剣な光を宿している。
彼が瞬きをする度に揺れる睫毛があまりにも綺麗で、息が止まりそうになる。



「‥‥‥‥‥‥帰っていい?」



たった一言。


何処へ、と言わなくても、頭のいい貴方には分かるでしょう?




それが実家
‥‥‥平家だと。



「‥‥‥‥‥‥本気かい?」

「本気、と言ったら?」



挑む様に睨み付ける。



「何がお前にそう言わせたのか知らないけど‥‥‥帰さないよ」

「だってっ‥‥‥んぅっ」



言い掛けた言葉は唇ごと塞がれる。



「ヒノ、エっ‥‥‥ねぇっ‥‥」

「帰るなんて言う姫君には、お仕置きが必要だと思わないかい?」

「ちょっ‥‥思わないってば!‥‥‥っ」

「‥‥‥‥帰さない、何があっても」



怖いくらいに真剣な眼差しが真紅をさらに深くして、一層綺麗に見せる。





『何があっても放さない』




ヒノエの本気を感じて、ぞくっと背筋が震えた。








  

  
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