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‥‥‥間に合った。
「遅くなり、申し訳ございません」
「いいえ、助かったわ。ありがとう」
そのまま刀を抜こうとする彼の腕に、手を置いた。
「望美を安全な所へ。傷が深いの」
「しかし、風花様の御身を守るのが私の使命 「お願い」」
彼にとって一番優先せねばならないのは、熊野別当の妻である私の命。
それを守るのが、別当から下された厳命なのは想像するまでもないけれど。
時間がない。
既に追っ手は庭に降りている。
この場所が見つかるのも、きっと時間の問題だろう。
「私なら大丈夫よ」
ふふっ、と笑う。
眼裏に浮かべた彼の笑顔と、きっと同じ笑顔。
迷いが吹っ切れた。
「私は藤原堪増の花嫁だもの。私を攫うのは、ヒノエだけ」
ねぇ、ヒノエ。
そうでしょう?
「‥‥‥そういうこと。オレの花嫁はよく分かっているね」
返って来たのは、愛して止まない
あなたの声。
頭上を見上げる。
塀の上に方膝をつき、余裕の笑みを浮かべるのは
「別当様」
「ここは大丈夫だ。お前は望美を頼む」
ヒノエの言葉に烏は眼で頷くと、意識の朧な望美を抱え塀を飛び超えた。
ヒノエといい、彼といい、並外れた跳躍力を見せ付ける。
「風花。他の男に見惚れるなんて、いけない花嫁だね。お仕置きが必要かな」
甘く笑う声と共に、素早くキスをされる。
唇が離れると、自信たっぷりな笑顔。
「そうね。お仕置きされてもいいわ、ヒノエになら」
「‥‥‥それ反則。じゃぁ、たっぷりとしてやるよ、帰ったら」
「ふふっ、期待してる」
眼が合うと、お互いに零れる微笑。
そして彼は、手にしていた私の愛刀を差し出してくれた。
拉致された場所に落ちていた筈のそれが彼の手にあるということは、彼も自ら探してくれたのだろう。
きっと、必死になって。
「ほら、落し物だよ。オレの姫君は、随分とおかしな所に落とすんだね」
「ありがとう」
手に馴染む刀。
平家にいて、ヒノエに出会う前から振るってきたそれは、私に自信をあたえてくれた。
「そろそろ見せてやろうか。オレの風花を攫った罪は‥‥‥重い」
ヒノエの眼に燻るのは目の前の燃える邸と同じ、炎。
静かに頷いて、太刀を抜く。
木陰から同時に飛び出すと、勢い良く踊りかかった。
守られるだけなんて、嫌なの。
閉じ込められればきっと、私は萎れてしまう。
私はまだまだ、熊野を背負う自覚に欠けるのかも知れないわ。
時々息が詰まって、
自由を求めてしまうの。
「風花、疲れたら言いな」
「平気!‥‥‥ヒノエこそ、疲れたら言って」
「はっ。誰に言ってるのさ?オレならお前を抱きあげたままでも戦えるぜ?」
剣戟を繰り広げながらの軽口の応酬。
互いに背中合わせだから、眼を合わせる事はない。
でも、分かる。
私たちは互いに笑みを浮かべていると。
あなたに守られるだけの存在なんて御免だわ。
私は、あなたの隣にいたい。
ヒノエが呼んでおいた応援の人達が着いた。
あっという間に片付くならず者の群れ。
刀を下ろし、さすがに疲れた私は肩で大きく呼吸した。
眼は、烏達に指示を下している、ヒノエの背中を追いながら。
「風花」
名を呼ばれる。
「おいで、オレの花嫁」
手を広げて。
言葉なんか、必要なかった。
駆け寄り抱きつくと、物凄く強い力で抱き締められる。
「どんな事をしても、お前を月には帰さない。お前がオレから離れられないように、とことんまで惚れさせてやるよ」
「‥‥‥バカ」
そんなの、もうとっくに。
あなたしか、見えないのに。
雨は上がっていたけれど、さっきまで激しく降っていたから、邸の内部を燃やすだけで済んだ様だ。
ほっとしたけど、正直今はどうでもいい。
沢山の話も、今は置いて。
庭にはまだ人が少なくないけれど、気にならない。
飽きるほどに、抱き合って
お互いの存在に溺れる様に、キスを交わした。
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