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「あの‥‥‥もっと詳しく聞きたいの」
「ええ、勿論。我々も平家の姫君にご協力頂けるなら幸いです」
望美の眼元から手を離す。
合図を待ってくれていると信じて。
そしてその手を、着物の襟に。
寛げるb様にわざと少し緩めれば、それだけで男の眼つきが変わった。
ごくり、と息を呑む音。
‥ここが正念場だ。
「‥‥‥もう少し、内密に話した方がいいんじゃないかしら」
足を崩す時、わざとらしくない様に注意を払いながらふくらはぎを覗かせた。
昔見た時代劇の遊女を思い浮かべながら。
自分でも滑稽で、笑いが漏れそうになるのを堪える。
それが男には誘っているように見えたのだろう。
一歩、踏み出した。
「左様、ですね‥‥‥」
用心していた男が、欲に駆られた瞬間。
私に触れるべく、手を伸ばした。
「‥‥‥望美!!」
「大丈夫!」
瞬時の事で、哀れな男には何が起こったのかも分からないだろう。
いやらしく伸びた手を掴み引き寄せ、地にたたき伏せた。
そして、襟に差し込んだ手に握っていた小刀を、喉元に突きつける。
うつ伏せにされ、後ろ手を掴まれて首には銀の刃。
怪我をした望美はともかく、私の着物を調べなかったことが幸いした。
望美は既に立っている。
少しだけ痛そうに顔を顰めながら、それでも足を踏ん張って。
「‥‥‥風花のお色気勝ちだね」
「馬鹿が変な欲を出すからよ。それより、大丈夫?」
「うん。これくらい慣れているから」
‥‥‥確かに、この神子様は昔、怪我ばかりしていたけれど。
顔色はとても悪い。
足もきっと覚束ないと思う。
それでも、尋常じゃないのはその気力。
私が嘆いていては申し訳ないじゃない。
「謝罪が一杯あるの。後で聞いてね。拒否権なしで」
「え?拒否権使うと思うけどな〜‥‥‥でも、今は」
「ええ」
ニヤッと笑いあう。
そして同時に男に眼を遣った。
「あなた、平家の人間じゃないでしょう?」
「なつ、なにをっ!?この様な仕打ち、還内府様がお聞きになれば‥‥‥」
「そう、それよ。それで分かったの」
私に押さえつけられたまま、首だけを上げて悔しそうに睨む男を見ながら、私は優しく笑った。
「還内府の将臣はね、平家の再興なんて望んでないの」
「なっ‥‥‥」
「そうだよ!将臣くんはね、どっちかって言ったら面倒くさがりなんだから‥‥‥」
「貴方の話、聞けばこう言うわよ?」
「「めんどくせぇ」」
ハモってしまった事に思わず噴き出した。
「───何をしている!!曲者だ!!」
舐めていた女相手に伏せられ嘲笑われた男にとって、プライドを吹き飛ばすほどの怒りだったのだろう。
室外に控える者達を大声で呼んだ。
曲者って‥‥‥最初に連れてきたのはこの男なのに。
「もういい!!この女たちを殺せ!!」」
随分物騒なことを喚き散らす男。
怒声と共に部屋に柄の悪い男たちが押し寄せる。
望美を背に庇い、唯一の得物である小刀を眼前に構えた。
じり、と薄笑いを浮かべながら踏み出す男達。
「風花‥‥‥」
「大丈夫。望美は私が守るわ」
「何言ってるの!?風花は 「それも、大丈夫」」
信じているから。
手を伸ばすと、先ほど引き寄せておいた燭台を掴む。
逆さに返せば、そこは寝具。
勢いよく火が燃え移った。
「うわっ!!」
いきなり火を放つとは思いもしなかったのだろう。
動揺が走る。
その隙を乗じて素早く一番近くの男に走りより、刀を奪った。
「望美、こっちよ」
炎上する室内には、既に軽いパニックを起こしている者もいるから収集が付きにくくなっている。
そこに刀を振り回し突っ込めば、僅かながら隙が生じた。
幾度か刀で凪ぎ、斬り付ける。
命を奪わない配慮など、する余裕もなかった。
廊下に出ると、望美の手を引き全速力で走る。
掴まるわけにいかない。
恐らく、あの風体からすると、
彼らは盗賊。
役に立たない者を処分するのに良心なんか咎めないだろう。
「ごめん、走らせて」
「だ、いじょう、ぶ‥‥‥」
望美の息が、弱くなっていた。
もう限界なのだろう。
後ろから迫る男たちは、ぐんぐんとその距離を縮めている。
廊下は角に差し掛かる。
邸内を走っていてもいずれは捕まるだろう。
どうしようもいかなくて、仕方なく庭らしき茂みに降り立った。
なるべく茂みに身を隠すようにしながら、奥へと進む。
とうとう行き止まりの塀にぶち当たった。
どうやって外に出ようかしら。
塀は見上げるほど高く、身軽な私でも正直な話越えられそうになかった。
ぎり、と唇をかみ締める。
隣で荒い息を繰り返す望美のからだが、ぐらっと揺らいだ。
‥‥‥限界なんて、とうに超えていたのに。
私を信じて共に逃げてくれた、
望美だけは、なんとしても。
「風花様、お待たせいたしました」
辺りをうかがおうとしたその時、近くの木が揺れた。
と思ったら一人の男が降り立った。
さっき、格子戸超しに眼が合った、烏。
ヒノエの信頼も篤く有能な彼は、私の居場所を調べ上げてくれたようだ。
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