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目覚めた時にはもう、隣は白い褥だけだった。



「ヒノエ‥‥‥?」


半身を起こそうとした瞬間、身体中がズキズキ痛む。


起きれない程の倦怠感。
昨日の激しさを物語っていた。


「‥‥‥やだ。もう昼じゃない」


部屋に差し込む陽射しが高い角度である事から、今の時刻が分かった。

慌てて、枕元に掛けられた肌襦袢を取ろうと手を伸ばした。
そして、気付く。



‥‥‥肩に青い痣。



痛い程に掴まれた、あの時の。



「ヒノエ‥‥」



反対の手で肩を掴む。

痣は青という寒色なのに‥‥‥そこは燃えるように熱い。

ヒノエの‥‥‥ヒノエが付けた跡だから。



『何処にも行かせやしないよ、姫君』



抑揚のない静かな口調。
でも、彼の心の淵から生まれた声は、重くのしかかる。



‥‥‥そうだ。
ぼんやりしている暇なんて、ないのに。




今ここに彼がいないのは、きっと。














慌てて身仕度を整える。
こんな時でも私は、人の眼を気にしなければならない。
丁寧に髪を梳いた。


『熊野別当の妻』として、きちんとしなければ。
そう思い、背筋を伸ばす。

‥‥‥ヒノエの妻として、恥ずかしくない為にと思っていた。






耳飾りを付けようとして、ふと鏡を見て。


いつしか身に染み付いた習慣は
当たり前の様に自身を飾り立てるけれど。



ねぇ、意味があるの?






色彩豊かな着物や、高価な装飾具が沢山仕舞われている、一室。

この部屋の物は全て、私の為だけに用意された。







ヒノエはきっと見抜いてる。

この立場を重く感じる、私の心を。













「おはよう、風花!」

「望美、ヒノエを見なかった?」

「‥‥ヒノエくん?見なかったけど‥‥」


客間で剣の手入れをしている望美が、呆然としたまま私を見上げる。
唐突に引き戸を開けたばかりか、挨拶もなく質問する私に。
らしくないって自分でも分かっている。


「ありがとう」

「待って!私も行くから」


踵を返す私を望美が呼び止める。


立ち上がる気配。



「約束したでしょ?外に出る時は呼んでね、って」

「ありがとう」

「それから、はい。昨日置き忘れていたよ」



手渡された刀はズシリと重い。
取り立てて飾りのない、ごくありふれたもの。

けれどとても手に馴染む。



これは、これだけは自分で持って来たの。
平家から、私が選んで持ってきた刀。

ヒノエも、何も言わずに持たせてくれている。




古い刀。

別の時空でヒノエと真剣に向き合った時の友を、私は腰に差した。








求める姿は海辺にあった。他に二人。
一人は見覚えがあった。
ヒノエの下、熊野水軍を治める人だったか。
そしてもう一人は、服装から察するに、烏の一人だろう。


遠目なので会話は聞こえない。
けれど随分と真剣な様子が窺えた。



「行って来たら?私はここで待ってるよ」

「でも‥‥‥」



ここに来て、躊躇するとは思わなかった。



視線はヒノエから離れる事が出来ず、ただひたすら彼を見つめていた。


不意に切なくて、泣きそうになる。



その姿を眼に映すだけで、
苦しくなるほど彼が好きなのだと。






視線に気付いたのか、ふと振り向いた。

ヒノエは一瞬、信じられない様に眼を見開く。

一瞬だけ、眼を細めて。
唇が、私の名を呟く形になる。

そのまま彼は、側にいた二人に険しい顔で二、三言告げて退がらせた。


「ほら、風花。ヒノエくんのとこに行ってきて」

「ありがとう」


背後で望美が微笑む気配。
ほんの少し勇気を込めて、足を動かし走り出した。




「‥‥‥風花」


‥‥‥躊躇されることなく、ヒノエは残りの距離を詰めてくれた。

眩しい笑顔はいつもの彼。

昨日の事は納得したのかも、と一瞬ホッとしたけれど。






「ヒノエ、あの」




話し始めようとしたのに。

言葉の代わりに唇から漏れたのは、吐息。



私の腕を引き寄せたと同時に激しいキスが始まった。

それは昨日のままに。



「‥‥‥ねぇっ‥‥‥はな、し‥‥‥聞いて」


途切れ途切れに声を漏らせば、仕方ないと言わんばかりに唇を離した。



「‥‥‥昨日は悪かったね。痛む所はないかい?」

「馬鹿ね」



痛むのは、あなたでしょう?


手を伸ばし、ヒノエの腕に触れた。
年若いとはいえ海の男。
見せる為でなく、実戦の為に鍛えられた筋肉は無駄がない。

しなやかで、隆々しさがなくて‥‥‥

愛しくて仕方ないの、全て。



「私は平気よ。あんな位どうって事ないわ」

「‥‥‥へぇ。知らなかった。風花は激しい方がお好みって訳?」



わざと茶化すヒノエにムッとして、睨めつける。

そして、気付く。



紅い眼に宿した炎。


深入りするな、と懇願するような。



「‥‥ヒノエ、ちゃんと話がしたいの」

「オレが花嫁の話を聞かない訳はないだろ?‥‥‥そうだね。今は忙しいから、邸に戻ってからでいいかい?」

「ええ、かまわないわ。邪魔してごめんなさい」



謝れば、唇に落とされる唇。



「オレの方こそ‥‥‥悪かった」



やっぱり軽い口調で肩を竦めて。

けれど私には分かってしまった。





「じゃあ姫君、いい子にして待ってな」

「‥‥‥ヒノエ、愛してる!信じて!」



踵を返す彼の背に、叫んだ。



「オレも愛しているよ、風花。誰よりも」




振り向いた笑顔が

眼に焼き付いた。















分かってしまった。

彼はもう、この事に触れるつもりはないのだと。





そして感じてしまった。








何かを決意した、強い意志。

それが何なのかは分からないけれど。




 

 

  
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