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「‥‥‥ええっ!?将臣を振ったの?」

「シーッ!!風花!声が大きいよ!!」


慌てて口を塞ごうと飛び付いて来た望美。


‥‥‥が、余裕のない彼女は、勢い余って私を押し倒した。

濡れ縁に、後頭部をぶつけた鈍い音が響く。


「‥‥‥女に押し倒される女ってどうなの?」

「あはは、ごめんごめん。つい焦っちゃって!!」


苦笑しながら望美の手が差し延べられる。

掴まればよいしょ、と引き起こされた。


「で、なんで振ったのよ?望美は将臣が好きだったんじゃないの?」

「う‥‥‥ん。初恋は将臣くんだよ?でもね」

「でも?」







「         」





望美の唇から、漏れた言葉。










どうして、今になって。


涙を誘うの。










「‥‥‥風花?」

「‥‥‥‥‥‥あ、私‥‥‥」

「泣かないで、風花」



ひんやりした柔らかな、望美の手。

背を撫でるそれは、幼子をあやす優しい存在のように。

涙を拭うそれは、慈愛に満ちていて。





余計に涙を誘った。




「風花は哀しいんだね」

「私、そうね‥‥‥」







そうね。



きっと私

今、合わせる顔がない。






きしり、と、静かな世界に小さな床音が鳴った。



「‥‥‥望美。悪いけど、オレの花嫁を連れて行ってもいいかい?」

「ヒノエくん‥‥‥」


望美はヒノエを見、それから私を見た。


『ここに居たい』


眼で訴え掛ける私に気付くも、望美は仕方なく頷く。



「‥‥‥分かった。風花、外に出る時は呼んでね?」

「ああ、感謝するよ」


立ち上がりながら、望美はヒノエを見据える。



「余裕ないって顔してるよ」

「‥‥‥オレが?」

「うん。手荒な事はしないで」

「ははっ。当たり前だろ?‥‥‥行くよ、風花」







問答無用で私を抱き上げる。



垣間見た、彼の眼に潜む‥‥‥憤怒。



「‥‥‥自分で歩けるから、降ろして」



聞こえている筈なのに、前を向いたまま歩く。


私を抱く腕に、倍加する力に確信せざるを得なかった。









彼は聞いていたのだと。






バン!


部屋の障子は激しい音を立て閉じられた。




「っ!ヒノエ!」




いつもの様に優しくなんかない。



褥の上に、乱暴に、私を降ろした。




転がるように倒れた私を、立ったまま見下ろしている。





「‥‥‥ヒノエ、話を聞いて」



上半身を起こした私は、彼の眼をまっすぐに見た。





いつもと違い、静かな感情を点す紅い眼は

噴出前の燻る炎を思わせる。




「ヒノエ!」

「‥‥‥風花」




目線を合わせるべく座ったヒノエは、昏い笑みを浮かべていた。



「‥‥‥‥‥‥オレの天女は月に帰るのかい?」

「帰らないわ」




きっぱりと首を降る。

‥‥‥ぎゅっと、両肩を掴む手が、痛い。



「‥‥痛っ‥‥‥」

「じゃぁ、質問を変えてやるよ。
‥‥‥風花は帰りたいのかい?」

「‥‥‥っ!!それはっ‥‥‥」





しまった。


そう思ったけれどもう、遅い。



即答出来ない私を認めると、頬を歪めて小さく笑った。


嘲笑。



「お願い、話を聞いてっ‥‥‥」



懇願も虚しく、割り込むような荒いキス。




痛いほど激しくて、

苦しいほど深くて。



それはそのまま、ヒノエの痛みだと思った。



「‥‥‥いっそ、閉じ込めてしまえたら‥‥‥」

「‥そ、れはっ‥‥あぁっ!!‥」




塞ぐ彼の唇が、答えを紡がしてくれない。

這う指が、思考を奪う。





いつもの様に甘い囁きもない。

ただ激しい情熱のもと、奪われる。



労りなどさらさら感じないのに。

いつもよりずっとずっと、深い快感に沈んだ。







壊れそうなのは、揺さぶられ弄ばれている
私の身体じゃなくて‥‥‥


「何処にも行かせやしないよ、姫君」


あなたの心。








『もうすぐ私は帰るの。家族の所に』


望美の一言で、故郷を愁い泣いた私を。

責めているのか、嘆いているのか。









でも、ねぇ。

離れられる筈なんてないのに。




信じて欲しいと思いながら、ヒノエの全てを受け止めると決意した。

その、激情を。









今まで何度も思い出してきた、家族の事。

なのに、何故今になって涙が出るのか。







どうして、こんなに逢いたいと思ったのだろう。








結局、夜の帳が落ちても

ヒノエから解放される事はなかった。




意識がなくなるまで
何度も
何度も


ぶつけられる、激情。





  

  
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