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『いっそ閉じ込めてしまいたい』
時折そんな衝動に駆られる事に、お前は気付いている。
だけどさ、その瞬間にも花は枯れてしまうから。
だから、オレには出来ない。
その葛藤にすら気付いているのか、お前は嬉しそうに笑う。
信頼してくれている、と。
風に吹かれて咲き誇る花。
時々、残酷な程に自由を求めるんだね。
船から降り立つ彼は、他の誰よりも目立っていた。
春の早朝。
生まれたての陽を背に受けて、紅い髪が燦々と輝く。
そして、私を見て笑う彼に胸の高まりを静められない。
「お帰りなさい、ヒノエ!」
「風花」
ふわっと、両の腕で高く抱き上げられる。
そのままその場で一周。
強くしなやかな腕に捕らわれた。
「わざわざ迎えに来てくれるなんて嬉しいね。風の天女はそんなにオレに会いたかったのかい?‥‥‥夢を見る間を惜しむ程に」
「ふふっ‥‥‥そうね、ヒノエのいない夜は眠れない事が分かったの」
「‥‥‥へぇ。オレの腕が恋しくて、と言った所かな?」
「少し残念ね。私を忘れていないか考えて、と言った所かしら」
貴方の腕が恋しくて。
なんて言葉の代わりに、わざと有り得ない事を口に乗せる。
一週間振りの愛しい紅。
彼の眼は、甘い駆け引きの誘いを受け止めて、煌めく。
「ははっ。姫君だけは忘れられる訳ないよ。ずっとお前の事ばかり想っていたのにさ。
‥‥‥美しい天女が、オレを置いて月に帰らないか、ってね」
「‥‥‥本当?」
「疑うのかい?‥‥‥だったら証明しないとね」
抱き上げられたまま重ねる唇と、弾む鼓動。
眼を閉じる瞬間、視界に海がキラキラしていた。
私達が恋に落ちた時から変わらない。
豊かな水を湛えている。
彼からもたらされる愛情そのものの様に。
唇が離れると同時に、空気を大きく吸った。
「‥‥‥はぁっ‥‥‥息が苦しいじゃない」
「悪い、余裕ないかもね。一週間分のお前を感じたくて」
再び激しいキスが始まる。
永遠に続いてもいいな、と思う程の甘い甘いキス。
「ちょっとヒノエくん!何か忘れてないかなっ!?」
怒った様な声が割り込んで、私は顔を上げた。
「風花もいい加減止めてよね!」
「あ‥‥‥望美」
余りにもヒノエとの再会に心潤って、同行してくれた友の存在を失念していた。
「あ、望美、じゃないよね風花!‥‥‥もうっ!ヒノエくんが一緒だからいいでしょ!?先に邸に戻るから!!」
肩をいからせながら踵を返す望美。
「ごめんね、望美がせっかく付いて来てくれたのに」
ヒノエに頼まれたから、だけでなく。
彼女が本気で私を心配してくれているのに、と反省した。
足を止めて振り返る望美。
ふふっ、と小さく笑い掛けてくれた。
「‥‥‥ま、仕方ないかな。風花が嬉しそうだと私も嬉しいから」
「望美、ありがとう!」
「悪いね、望美」
ヒノエも望美に向き合いながら、私を降ろした。
けれど、背後から回された腕は、私をしっかり抱き締める事だけは忘れない。
「‥‥‥別にヒノエくんの為じゃないけどね」
「分かってるよ。けどオレも礼を言わなきゃね。『オレの花嫁』が、世話になってるんだからさ」
「ううん、気にしないでいいよヒノエくん。『私の親友』の為に、してるだけだから」
‥‥‥二人の間に火花が飛び散って見えるのは‥‥‥‥‥‥気のせいに、しておこう。
望美とヒノエは所謂ライバルらしい。
本人達がそう認めるんだから、間違いない。
‥‥‥そう。
以前から二人は、私を巡ってよく争っていた。
それでも。
熊野水軍の『用事』で長期間、海に出る彼が呼んだのが、望美だった。
ヒノエのことだ。
護衛と言えど私を、他の男の側に置く訳がない。
そして強過ぎる程強い望美。
私にとって、まさに打って付けの人物だと言えるのだろうけれど。
やはり、申し訳ないと思う。
『風花が狙われてるって聞いたんだよ。飛んで来なきゃ、親友の名が廃るじゃない!』
久し振りに再会したあの冬の日『遠くまで来させてごめんね』と言った私に向かって。
望美は笑ってくれた。
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