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貴方の『未来』
それは、私の『歴史』
「瀬名先輩?もう閉館ですよ」
「‥‥‥あ」
顔を上げれば生真面目そうな背の高い少年が立っていた。
久し振りに会う懐かしさすら感じたのは、私達が高校生になったから。
義務教育の最終課程な彼とは、家が近所でもない私には会う機会もあまりない。
「久し振り、有川弟くん」
「‥‥‥譲です」
‥‥‥ああ、そうか。
投げ遣りな溜め息を吐く彼に、ふと気付く。
『将臣の』弟だと括り、彼自身を認識しない今の台詞。
彼は深く傷付いているのだと。
「じゃぁ何て呼ぼうか?‥‥譲、くん?‥‥‥うーん」
「あ、すみません。先輩が呼び難いなら、今までの呼び方でも構いません」
本当に小学生の頃から、生真面目で不器用で、優しい子。
余人のいない今それを切り出したのも、私が恥をかかない様に、との配慮なはず。
‥‥‥本当はずっと嫌な思いをしてたのかもしれなくて。
そうと気付けば罪悪感が湧き上がった。
「ごめんね。譲、でいい?くん付けだと望美と被るでしょ?」
「‥‥っ!?‥‥‥貴女にはお見通しなんですね」
まぁ、望美の側にいれば分かる。
彼の最愛が誰かなんて。
もっとも望美当人以外は皆、気付いていると思うんだけど。
「平家物語、好きなんですか?」
譲の声に反応したのか、開いたページがパラパラと捲れる。
閉館間際の図書館。
机に積んだ幾つもの本に、夕明かりが差し込んでいた。
「‥‥‥嫌いじゃないかな」
「先輩も源平合戦に興味を持たれてたんですね」
「私‥‥‥も?って事は、譲も好きなの?」
「ええ、まぁ」
閉館五分前を知らせるチャイムが鳴る。
無機質な和音を聞きながら、私の胸がざわついた。
「瀬名先輩?俺、片付けてきます」
「あっ‥‥‥ありがとう」
「いえ‥‥‥‥‥‥春日先輩が心配していましたよ。最近の瀬名先輩は様子がおかしいと。図書館に籠りきっているそうですね」
机に積み上げた本達を器用に抱えて、背を向けたまま譲はぽつりと漏らす。
‥‥‥不思議な程に感動を覚えてしまった。
心配してくれる親友。
その親友の為に、部活を切り上げてまで様子を見に来てくれた、後輩に。
「ありがとう」
親友を心配させる程、余裕ない私。
図書館を出れば、外は夕陽が綺麗だった。
夕暮れの道を、送ると言ってくれた紳士な譲と歩く。
「譲」
「何ですか?」
彼に吐き出したくなったのは、
聞きたくなったのは、
「‥‥‥‥‥‥平 知盛、って‥‥‥知ってる?」
最近読んだ全ての本に書かれていた事実を、
優しく真面目な口調で否定して欲しくなったのかもしれない。
温もりのない文字の羅列よりも、体温を感じる彼の言葉を信じたかった。
「平知盛ですか?ええと
‥‥‥‥‥‥ああ」
思い出しました。と横を向き、見上げる私に笑いかけた。
「確か、平清盛の息子であり平家最後の猛将と呼ばれ‥‥‥」
壇ノ浦の合戦で入水した、武。
「‥‥‥やっぱり、そう」
「えっ?‥‥先輩!どうしたんですか、瀬名先輩!?」
意味もなく涙が止まらなかった。
‥‥‥ねぇ、知盛。
あなたは、『平知盛』なの?
それともただの夢の産物?
ねぇ、
知盛が【知盛】なら
あなたは若くして
‥‥‥死ぬ、の?
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