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「瀬名さん、大丈夫?保健室に行ったほうがいいんじゃないかな」


突然飛び込んできた声音が、空間を裂いた。

その事に胸が切り付けられるような痛みを覚えたが、どうにか顔を上げる。


「ここ最近寝不足だったからちょっと風邪気味なのかな。でも大丈夫、ありがとう」


クラスメイトに罪はない。
彼女は机に臥せったままの私を心配してくれたのだから。
でもね、そっとしておいて欲しかった。


───愛しい銀の夢から、目覚めさせないで欲しかったの。








「風邪流行ってるもんね。あ、風邪と言えば春日さん達、今日も休みなんだ?」

「そうみたい。まだ熱が下がらないらしいよ」


春日望美と幼馴染みの兄弟が揃って登校しなくなり、一時は色々と憶測が飛び交ったものの、週末には沈静化していた。
ごく親しい者は彼らが行方不明になっている事を知っている。
けれどそれは本当にごく一部だけで、望美の両親は学校側に欠席だと連絡している。

将臣と譲が一緒だからそんなに心配しなくてもいいのよ、とおばさんが頷いたのに私は驚いた。
あの二人が幼馴染みというよりも、保護者認定されていたとは。


「そっかー。有川くんと春日さん、風邪引くのも一緒とか、本当に仲いいんだね」


何処か棘を含むクラスメイトの言葉に、彼女のグループの子達も笑った。

彼女の嫉妬をまともに受け止めてやる筋合いもない。

男女問わず人気者の望美でも、時折こうした罪のない嫌味や非難を浴びせられていた。
それだけ有川兄弟がモテるって意味だけど。
当然その逆パターンもある。
望美もまた存在感のある美少女だから。

尤もそうした嫉妬に本人は気付いていない。
望美が能天気に笑ってくれるから、私も笑って聞いていられるけれど。


「そうだね。仲いいと思うよ。いつも一緒に居るし」

「瀬名さんもそう思うんだ?あ、そうそう!瀬名さんはどっちだと思う?」

「‥‥‥どっち、って?」

「兄か弟!春日さんの本命はどっちか知ってるんでしょ?」


当人達が居ないとなると、こうもストレートに聞いてくるのか。

私が抱いた感想はこれだった。
周りで話していた女子達が口を噤んでこちらを伺っている気配。
彼女達で示し合わせて私に問いかけてきた、ってところか。

これで片方の名を出せば困るくせに。


「望美、普段からその手の話はしないよ」


‥‥‥仮にしたとしても教える筈ないでしょ。
続く言葉は胸に伏せておく。
この後が面倒な事になりそうだから。

それから二三言会話して女子達は席に戻っていった。

悪い子達ではないけれど、疲れる。


空気に溶け込むような溜息を吐いたと同時に授業開始のチャイムが鳴った。
待つほどもなく先生がやって来る。





次は日本史で、皮肉にも源平合戦だ。

白いチョークで描かれてゆく年号をただじっと見つめる。



───これはただの記録だ。
過去で、何百年も前の出来事で。
それをなぞっているだけ。


清盛の全盛から、鎌倉幕府の創立、源氏の隆盛、そして───平家の滅亡。


「‥‥‥っ」


ぐっと、込み上げるものを堪える。
授業なんて出ずに帰ればよかったと思いながら。



違うの。
私の知っている貴方は、記録じゃない。
過去でもないんだよ。



薄明かりの中、一族の誰かと話しながらも、銀の月を見上げていた寂しいひと。

声にすら出せずに誰かの名を呟くような、寂しくて悲しいひと。


きっと、とても好きな女の名だ。


愛しい姫に別れを告げないのか、と聞かれた一瞬だけ、眼を閉じたのを感じた。

話し相手の男が『胡蝶の姫君』と呼んだ、その女に願う。

どうして、傍にいないの。
知盛の唇をあんなに切なく震わせるような相手ならいっそ、彼の傍に居て欲しかった。
孤独に身を置くあのひとを、抱き締めて欲しい。



───もう、私でなくていいよ。



貴方が寂しくないなら。
銀の夢の中みたいな、皮肉な笑みを浮かべてくれるなら。


「‥‥‥現の己も、誰かの夢」


優しげな笑みを浮かべていた青年の言葉が口を出た。


現の私もまた彼の夢なのなら、彼もまた私の夢。


たったひとつ望む、夢。



 

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