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これは、夢?

逢いたい心が呼び寄せた、ただの夢だよね?


とても嬉しいのに。

悲しい予感がする。

この夢から早く目覚めたかった。



知盛。

──知盛。



どうして、私は彼の中に居るの。












京の六波羅から平家の拠点を移す途中、生田で源氏の軍と戦った。
兵が半減するも福原に辿り着き、束の間の平穏と退屈を持て余し初めた頃。

──源氏が攻めてきたとの報せに、館の中が俄か色めき立つ。


「‥‥‥源氏の神子、か。久々に、楽しめる」

「知盛?」


平家にとって仇成す源氏の「神子」。
一門の惟盛曰く「東国の田舎武者」では、守護神の如く崇められていると言う。

生田で対峙したその女は噂に違わず強く、その剣を振るう姿は一頭の獣の様にしなやかだった。

もうすぐ、その女と再び剣を交えるのだと考えれば、浮かぶのは愉悦の笑み。


「ったく‥‥相変わらずだな、知盛も」
 
「クッ、兄上も」

「だからそう呼ぶなって。それより、お前の役割なんだが‥‥‥」


蒼髪の男が苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
そのまま役割とやらについて語り出した。



『或る時』を境に、この男の名を呼ばなくなった。

それに気付いているらしいが、訳を尋ねては来ない。

尤も、尋ねられた所で口にするつもりはないが。


「──‥‥‥って、おい聞いてるか?」

「‥‥‥母上と帝を、無事に御座船へお連れすればいいのだろう?」

「ああ。聞いてりゃいいんだけどよ」


目の前の男と出会って、三年余。
既に怨霊と化していた平清盛が、自分の息子と認めてから、季節は三度巡った。
何ひとつ持たぬ迷い子同然だったが、三年経った今では、還内府として平家を導いている。


若年時の兄に面差しが重なるこの男には、何の感情も沸かぬ筈だった。


夢の中、柔らかな声が、男の名を紡がなければ。



「‥‥‥結局、運命なんて俺一人の力じゃ変えられねぇのか」



苦しげに吐き出す呟きが、如何に重いものか。気付きながらも声を掛けなかった。


知らぬうちに終えてしまえばいい。
何一つ教えてやらぬまま終えればいい。

自分もまた、男と同じ存在に拘っているのだとは、決して教えてやらぬ。



男───有川将臣。
あの女と同郷の男。


その眼に浮かぶ色が、思い出させる。

過去を、結末を、知るが故の絶望。
未来という『夢』を生きる、悲しげな眼差しを。















有川との話を終えた渡廊で、背後から滑らかな足音と柔和な声。


「別れを惜しむ姫への逢瀬は宜しいのですか、知盛殿?」


経正だけが最後まで、戦ではなく和議を主張していた。
源氏にも話が通じる者が居る筈、と。
だが、仮に平家が和議の道を歩んだとしても、結末を変える事など出来ぬだろう。


「クッ‥‥経正殿は、よほど詮索がお好きらしい」


隣に並び立つ男に軽く視線を遣れば、「詮索するつもりはありませんでしたが」と微笑が返った。


「ですが‥‥‥差し出がましいとは思いつつ、少し気に掛かったものですから」

「‥‥‥」


其れを詮索と呼ばずして、如何する。
言葉の代わりに呆れを含んだ眼差しを送った。


「知盛殿が女性を寄せ付けなくなって久しい。それから噂は色々耳にしますが、全て噂の範疇を出ない。‥‥‥ならば、世に隠さねばならぬ姫君が居るのか、とも予想しておりましたが‥‥‥」


言い淀む言葉の先を促す。

成る程。
この時期に於いてもまだ、何処へも通う様子も焦った様子も見せない事から、経正も要らぬ世話を焼きたくなったらしい。


「そもそも女など居ない、と?」

「いいえ。貴方の眼を見れば、答えは自ずと生まれます」



───貴方は狂うほどの、恋をしている。




戯言だ。

皆まで聞かず天を見上げ、月の齢を数えた。

今宵は弦月。
この月を「半月」と馴染まぬ呼称で呼んでいた、二人が浮かぶ。

有川と‥‥‥。


「‥‥昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり」

「‥‥ああ、荘子の説話ですね。現の己もまた、誰かの夢かも知れぬ‥‥‥でしたか」



誰の夢であろうと、俺の真実は変わらぬ。



「成る程。その姫は夢の様なお方なのですね。さしずめ『胡蝶の姫君』とお呼びしましょうか」


―――胡蝶。

あの女の容姿に似合わぬ儚い通称だ。
だが、相応しい名かも知れぬ。





瞼裏に、絶望を宿した眼差しが浮かぶ。

世の全てが夢であり、夢の全てが現であり。


あかり───お前が、俺の見た夢。






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