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幸せが崩れるのは一瞬なのだという。
だとすれば、幸せと切なさが崩れるには、どれ位の時間がかかるだろう。
あなたに会っている幸せな時間は、ほんの一瞬でしかないのに。
次の満月の夜。
知盛は、夢に現れなかった。
「あかり、大丈夫か?」
「ん‥‥平気。歩ける」
「んな事言ったってお前、フラフラしてるだろ」
「そうだよあかり!将臣くんにおんぶして貰ったら?」
「でも‥‥」
しゃがみ、こちらに背を向ける将臣と、心配そうに伺ってくる望美に少し躊躇する。
結局「遠慮すんなって」と押し切られた形で、背中を借りることになった。
遠慮をした訳じゃない。
ただ、最後にあった時に、彼が有川に気をつけろと言っていたから。
彼が妬いてくれた───嬉しくて。
それだけで、私は友人をも避けようとしていたなんて。
「それにしても最近どうしたの?元気ないね」
「‥‥ちょっとね、母さんの保険の事とかで叔父さん達と色々あって寝不足」
嘘じゃない。
でも、それが原因で寝不足になったのではない。
真実を言えないなら、事実を言うしかないじゃない。
「あかり。‥‥‥バカ、もっと早く言ってよ!」
「そうだ。俺も望美も、お前の味方だっつったろ?もっと頼っていいんだぜ」
「そうそう。私達を頼ってくれないのは寂しいよ」
「‥‥‥ごめんね。ありがとう」
望美が背中を摩る手も、将臣の背中も温かい。
申し訳なさに白いシャツでこっそり涙を拭いながら、それでも今想うのは銀の夢。
‥‥‥知盛。
何処にいるの?
それから一ヶ月が経った。
また満月の夜が来る。
期待と不安に満たされながら、それでも瞼を閉じる夜。
会いたいと願った。
どんな形でもいい、ただ会いたい。
鋭く、神聖で、近寄り難い銀色の、彼と───
『っ!?知盛っ!』
目を見開く。
私達しかいない、風のない緩やかな花畑。
確かに彼は其処にいた。
あんなにも望んだ姿が、目の前に。
『‥‥‥何故、お前が此処にいる』
『何故‥?だって此処は、』
言いかけてはたと気付くと同時、彼を取り巻く背景ががらりと色を変える。
花の色から、黒へ。
柔らかな光の世界から‥‥‥鮮明な、赤。
『どこ、なの‥‥?』
呆然と呟くのも無理はない。
彼の背後で踊るのは、天に届きそうな炎。
大きな建物だろうか?燃えているのは。
その赤に触れんばかりと、空から雷が時々落ちる光に目が眩みそうになる。
知盛の周り、否、地面のあちこちに散っているのも、赤。
それは一帯に積み重なっているモノから流れている。
‥‥‥違う、モノじゃない。
『ひ‥ひと‥っ!?』
倒れ伏している人達の山。
無造作に重なった姿は、所々が欠けていたり‥‥‥一部分だけだったり、している。
認めてしまえば、吐き気が襲った。
相変わらず匂いも温度もあまり感じない。
これは、夢。
‥‥‥夢だ。
『‥‥何故、お前が居る?』
赤の中、唯一、生きて立っている人。
知盛がもう一度、静かに問う。
その眼には、些かの揺るぎもない。
まるで彼にはこの死体の山が見えないかのよう。
そう思い、けれど否定する。
知盛には見えないのではなく、見慣れているんだ。
『‥‥と、知盛は‥どうして、ここに‥?』
『クッ、愚問だな』
震える声で問えば、一笑に附される。
その瞳には緩やかで暖かい光はなく、刀の鋭さを宿していた。
よく見ると彼の姿もいつもの様に白い着物ではなく、鎧姿に刀を二本持っている。
転がっている人達と違い兜を被ってないのは、彼が強いからなのだろう。
其処に居たのは紛れもなく知盛なのに、知らない人みたいで。
『‥‥戦場に俺が居るのは、当然だろう』
『こっ‥‥この、人達は‥‥みんな、知盛‥‥』
──知盛が斬ったの?
そう、紡ぐ事すら怖くて出来ない私を見て、知盛は薄く笑う。
『そうだ‥‥と、言えばどうする?』
『え‥?』
はじめて見る酷薄な笑み。
胸が悲鳴を上げる。
『戦とは、殺しあう事だ‥‥‥他人の命など労わる価値もない、な』
殺しあうことが楽しいと、彼の瞳は語っていた。
『そんな言い方ってない‥‥!誰だって生きているの!誰にだって大切な人がいるのに!』
どうして?
私と居る時、私の事をとても大切にしてくれる彼が。
私という「命」を摘まないばかりか、愛しいと、少なくとも私にそう思わせてくれていたのに。
その一方で、彼はとても残酷な行動を望んでいるというの。
『それがどうした?』
言葉の刃が胸を抉る。
『分かっただろう?‥‥‥所詮俺とお前は、相容れぬ』
何も返せなかった。
どんなに想っても、交わらない平行線。
水と油が交わらないように、世界が違う私達は重なることはない。
夢での逢瀬という、不確かな繋がりでしか。
『‥‥‥行け。二度と会う事はないが、な』
『知盛‥‥っ!』
『もう、飽きた』
目覚める直前に悲しい言葉を聞いたのに。
知盛の唇が小さく何かを呟いて。
気が付けば、カーテンの隙間から零れる朝日が視界を揺らす。
「‥‥っ、ふぅ、うっ‥‥!」
目覚めても止まらない涙は、あなたが好きな証。
ねぇ、知盛。
気付いてしまったらどうすればいいの?
『あかり』
薄い唇が最後に形作った、言葉。
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