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私の好きな人だよ、って紹介したかった。
月光の様に綺麗な人だからきっと女の人にモテて、そんな知盛に私はいつもハラハラして。
望美に恋愛相談したり、クリスマス前にドキドキしたり。
他愛の無い日常の中で一緒に笑い、喧嘩して、ぶらぶらと二人で歩いたり。
満月以外の夜は、そんな切ない夢を見る。
‥‥‥何もなくていい。
あなたの世界でもいい。
ただ、あなただけを欲しくて、あなたと居る世界を夢に見た。
待ち望んだ満月の夜。
広くて堅い胸の中で愛しさに浸っていると、知盛が突然尋ねてきた。
今の私の生活を誰かが後見しているのか、と。
どうやら知盛の世界では、無一文で孤児になった娘を待つのは、あまり良い運命ではないらしい。
『うーんとね‥私の世界には保険っていうものがあるから大丈夫なんだよ』
保険、という言葉は知盛の時代にはないらしい。
訝しげに眉を顰め、私に先を促す。
『説明は難しいんだけど親が子供に残す‥‥財産、みたいなものかな』
だから私は大丈夫。
そう言うと『そうか』と返す菫色の眼が、ほんの少し緩む。
一見酷く分かり難い。
けれどよく見ると時々とても優しい表情になる。
ごめんね、望美、将臣。
私の心は彼の元にあるんだ。
知盛の表情一つ、言葉一つに、魂が吸い寄せられていくの。
『‥何だ?』
『時間が惜しいから、知盛の顔を見とこうと思って』
『クッ‥面白い女だ‥』
余程面白かったらしい。
唇で弧を描きながら、片腕で私の肩を抱く。
眼はじっと、私を捕らえたまま。
絡まった視線は互いに外すこともなく、知盛の視界を独占できる今が幸せだった。
『‥‥見るだけで、いいのか?』
『‥‥‥知ってるくせに』
『さぁ、な』
逞しい腕に力が入ったと思えば、背中に堅いようで柔らかいような曖昧な感触。
覆いかぶさられた重み。
そして唇に重なる熱が、始まりの合図。
『───あかり』
始めから熱いキスの合間に呼ばれる名は、飛びそうな意識を繋いでくれるかのよう。
『‥ん‥っ‥とももりっ‥!』
熱くなった息で切れ切れに彼を呼ぶ。
自分の声の甘さに、眩暈がした。
逃げる事など許さぬ、と言わんばかりに私を強く捉える眼差し。
形を覚えるかのように、ゆっくりと、指先が身体中を這う快感に震える。
後はもう、知盛が与える熱に委ねるだけ───
知盛に腕枕をして寝転び、堅い胸に耳を寄せた。
聞こえる鼓動は強く少し速い事が、覚めやらぬ情熱の余韻だと安心する。
知盛はいつも激しい。
彼以外を知らない私は「普通」がどんなものか分からないけれど、やっぱり激しいんじゃないかな。
その激しさが嬉しい。
今だけだとしても、確かに私を‥‥‥私だけを求めてくれている証なのだと感じるから。
‥‥そんな事ですら喜びと、愛しさを感じるなんて。
本当に、心は現実の世界から離れているんだね。
『‥‥何を、思い出している?』
『私の友人に勘が鋭い人がいるの。心がここにない、って彼に言われたんだよ』
『彼?‥‥男か』
凄いなぁ、当たってる。
そう続く筈の言葉は、知盛の声に遮られた。
不機嫌らしく、眉間に皺が寄っている。
でも‥‥不機嫌?
それって、まさか。
『え‥いや、男だけど彼は友達で』
『ほぅ‥‥俺の前で他の男を庇う、か‥』
『庇ってる訳じゃないってば』
『‥‥』
嫉妬、してるの?
私の世界に居る男友達に対し不快感を覚えているの。
それが本当なら───泣きそうになる位、嬉しい。
胸の中で溢れそうな愛しさと、優しい気持ちが込み上げる。
『‥私は知盛しか見てないよ』
『‥‥ふん』
将臣と知盛。
もし、会えれば。きっと何だかんだ言いながら仲良くなりそうだ。
『友達は有川って言うんだけど、アニキみたいな人だから、知盛とも気が合うかもね』
知盛は、今度は石の様に固まった。
息さえ聞こえなくなったので不審に思い顔を上げれば、眼を見開き私を見ている。
『有川‥‥、だと?』
『え?う、うん。有川将臣っていうの‥‥‥もしかして、有川家は知盛の時代にも存在してるの?』
『‥‥‥成る程、な』
私は「有川」の名にそこまで反応を示す知盛に驚いた。
確かに将臣の家は豪邸で、望美の話だと相当お金持ちらしい。
平安後期から続く名家だと聞いても、驚かないけれど。
それにしては何だかおかしい気がする。
そもそも、この人は貴族社会に関心なんて持ちそうにないのに。
有川家というのは重要な‥‥平家に関わる家なのだろうか。
『知盛?一体どうし、ん‥‥‥んぅっ』
声ごと、唇を塞がれる。
噛み付かれるようなキスの嵐。
知盛に浸された身体は、こうなると頭がじんと痺れ何も考えられなくなって。
『‥‥あかり。その有川とやらに‥‥気をつけろ』
何度も紡がれる明らかな嫉妬の台詞に、それならいっそ閉じ込めて欲しいと願った。
この世界に。
あなたと私しか居ない、楽園に。
私の「心」はもう何年も前から
銀色の、夢に囚われたまま‥‥。
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