夢に咲く花 (20/20)

 




柔らかく仄かに暖かい陽光に似た光が、この世界を占める。


眠る時は蒸し暑くてクーラーのスイッチを押したというのに、今は暑さも寒さも感じない。

それはそうだと思う。









何故ならここは、夢の中。












私は‥‥‥ううん、私達は知っている。

ここで過ごすひと時が現実ではない事を。














『また寝るの』

『‥‥‥眠い』



会うなり知盛は私の肩を押さえた。

力に従って座った私の膝の上。
ごろん、と寝転ぶと頭を乗せて眼を閉じる。



『夢って何でもありって気付いて随分経つけど‥‥‥知盛ってば相変わらずね』



すっかり膝枕が定位置になってしまった彼に苦笑しながらいつもの様に、胸が愛しいもので溢れた。


伏せた睫毛にふわりと風が触れてぴくりと動く所とか。

時折、起こしても起きない程に熟睡していて、夢の中なのにと苦笑してしまう様な、彼の無邪気さとか。


愛おしくて仕方ないこの感情は母性に似ていて、違う。



知盛の年齢を聞いた事はない。
けれど二十歳は超えている筈。

出会った時の少年だった面影は残るものの、すっかりと大人になった強い肩。

横顔から続く首筋のラインが綺麗で‥‥‥私の胸を、いつも落ち着かなくさせるのに。



『‥‥‥そうだ』



知盛の寝顔を真面に見ていると苦しくて、視線を逸らす。

真っ先に眼に飛び込んだモノ。
私は思い付いた様に、手を伸ばした。

ぷつっと小さな音を立てて摘んだのは、白い花。







‥‥‥私と知盛が、夢の中で出会う時。

いつも、いつも、色とりどりの花が溢れている。


空なのか空間なのか分からない淡く柔らかい光の中で、花は‥‥‥花だけはいつも存在を訴えていた。



知盛を起こさない様に、正座した足を崩して手を動かす。

黙ってしまえば、風の音さえ聞こえない静寂の中。

身動きする時の衣擦れの音と、茎を手折る音。


そして、ほんの微かだけれど時折聞こえる寝息が、喩え様のない安堵感をもたらした。





‥‥‥彼は此処にいる、って。







『‥‥‥何をしている?』

『あ、起こしちゃった?ごめんね』



眠そうに眼を開き、真っ先に私を見上げる。

その仕草が可愛いと言えば、知盛はどう思う?



『‥‥‥これは何の真似だ?』



気付くのが早過ぎると褒めるべきかな。

眠る知盛の頭にそっと載せた瞬間、眼を覚まされてはそう思うのも仕方ない。



大きな、けれどすらっと伸びた綺麗な手が持つのは花の冠。



『知盛が寝てる間に作ったの。よく似合うよ?』

『‥‥‥クッ。女の考えは、理解出来ん‥‥‥な』



怠そうに起き上がって眼を擦る。


今まで頭が触れていた場所が、離れた熱を恋しがるかのようで‥‥‥軽くなった膝が、寂しい。



『貸して』



どうにか笑って手を出せば、つまらなさそうな表情をしながら花冠を渡してくれた。

それを受け取り、胡座を組む銀の髪の上に再び乗せる。



『‥‥‥やっぱり似合う』

『‥‥‥‥‥‥』








‥‥‥この人が平家の武将だって、調べたから知ってる。
戦に命をかけてるって‥‥‥それも、今までの出会いの中で知った。



それでも。
それでもこの空間では、私の前では、ただの知盛でいて欲しい。


貴方にとって私が‥‥‥







『知盛、綺麗な顔をしてるから。花が似合う程いい男って事で‥‥‥ね』

『‥‥‥‥‥‥』

『もう!せっかくなんだから少しくらい笑ってみてよね』




どうしてだろう。
不意に泣きたくなる。

今、泣いたら知盛は困るから精一杯笑う。



一月に一度の限られた夢の中でしか、出会う事の出来ない私達だから。

泣くのは起きてからでいい。



せめて夢の中では、楽しくいたかった。



『‥‥‥あっ』



グイッと引かれる腕。
バランスを崩して眼を閉じれば、今度は膝と腰に逞しい力を感じた。



『あかり』



掠れた声音で呼ばれる名前。



『知、も‥‥‥んっ』





唇に噛み付かれる。


そう思わずにいられない、激しいキスが降って来た。






息が苦しくなった頃、角度を変えて今度は優しいものになって。




‥‥‥キスする心地良さも、貴方が教えてくれたの。




『‥‥‥っ、はぁっ‥』

『面倒な女だな、お前は‥‥』

『‥‥‥知盛?』




やっとの思いで閉じた瞼を開けば、間近に知盛の眼。

抱きかかえられたまま、彼の膝上に横向きに座らされていた。




クッ‥‥‥と彼独自の皮肉な笑い方。

面倒だと言われたのに、不思議と腹が立たなかった。
それはきっと、この眼が真剣なせい。



『‥‥‥手を、貸せ』



双の紫水晶みたいな眼が一瞬だけ煌めく。


この眼に射抜かれて恋しない女なんていないと思うような。

認めたくはないけれど、彼は彼の世界でモテまくっているだろうと、思う。




何故なら、私もそうだから。

目覚めたらそこに居ないと知りながら。



恋をしている。




『‥‥手を貸せ、と言っている‥』



言うが早いか知盛の手が私の左手を取った。



伏せ眼がちな眼が垂れた銀髪の合間から覗くのが妖艶で、見惚れてしまう。


ぴっ、と指が吊れる感覚を覚える。
確認する為に視線を落とせば、左手の指に小さな花。



『知盛、これ‥‥‥』

『‥‥‥お前の世界では、こうするのだろう‥‥?』




何を、なんて聞けなかった。



視界がみるみる滲んでゆく。




『‥‥‥なんで、知ってるの‥?』

『クッ‥‥‥さぁな』



左手の薬指に、小さな白い花。
まるで‥‥‥指輪。





楽しげに笑い声を上げる知盛の首筋に抱き付いた。

広い肩。
無駄のない、堅い胸。

耳を寄せれば伝わる、強い鼓動が、彼を幻じゃないと教えてくれた。




知盛が抱き締めてくれるから、互いの身体に隙間を感じなくなった。




『‥‥‥泣きたければ、泣けばいい。俺の前でならば‥‥‥な』



囁きは優しくて。


愛しさにおかしくなりそうで、彩色鮮やかな花の褥に、二人で沈んだ。



『‥‥‥あかり』



眼が覚めるその瞬間まで、離さないと、誓って。


ぽとりと頭から滑り落ちた花冠はきっと、目覚める時に知盛の手の中にあるはず。

花の指輪が、起きた私の指を飾ったままのように。














日常がまた始まる。

私は学校に行き授業を受けて、放課後は望美と寄り道して。




そして夜は、きっと貴方を想う。




‥‥‥知盛。


次に逢う時も、貴方にとって
安らぐ時間でありますように。










夢に咲く
















今度の逢瀬もまた、


満ちる月夜の夢の中。






 

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