十三夜 (19/20)
「そういや知盛、お前って長月の二十三日生まれだったよな?」
「‥‥‥さぁな」
「お前なー。自分の誕生日位‥‥‥ってまぁ、こっちにはそんな習慣ないか。仕方ねぇよな」
成る程と頷く『兄』‥‥に瓜二つの男。
相手をするのも面倒なら放置するに限る。
「おいおい、さっさと逃げようとすんな。話は終わってねぇって。ストップ」
「‥‥‥」
「知盛、欲しいモンねぇか?」
欲しい物?
「強い奴と血の宴 「却下」
「‥‥‥‥‥‥クッ。話を振りながら即否定なさるとは‥‥‥兄上は余程斬られたいと見える」
「お、おい!だから抜くなって!俺はただ誕生日プレゼントをだな‥‥!」
「欲しい物を言えば‥‥良いのか?ならば、血祭 「だぁーっ!!だから却下って言っただろうがっ!抜くなーっ!!」
有川の世界では、誕生日を祝う習慣がある。
「だから思い出して聞いてみただけなんだよ」
邸を迷走した後疲れ果て仰臥する有川に、再度刀を突き付ける気が失せた。
自室で惰眠を貪るかと回廊を歩けば、浮かぶ月。
「‥‥‥欲しい物など‥‥」
今宵は、望月に届かぬ‥‥‥十三夜。
『‥‥‥‥‥‥』
『‥‥知盛?』
『‥‥‥』
望月の夜に逢う夢なんだね、私達。
いつの事だかこの不可思議な夢にそう定義付けた女は今、覆い被さった俺の名を呼ぶ。
眠り、目覚めればあかりが居るから腕を伸ばしただけだが。
今宵は十三夜。
あと二日か、と、僅かに欠けた月を見上げ似合わぬ感傷とやらに耽っていたのは眠る前の事。
『あのねぇ、会ったと思ったらいきなり押し倒すのはどうかと思う』
俺の下で生真面目に諭すあかりは、俺の嗜好とは懸け離れているのだが、な。
『愛情表現だと、思えばいいだろう‥?』
『知盛‥‥‥‥‥‥自分で言ってて寒くなったでしょう?』
『ククッ』
俺が望むなら、女など厭きる程寄り付いてくる。
肉付きのいい女、美しいと褒めそやされる女、人妻、床の上手な女。
皆一様に俺の下で喘ぎ、与えられる快楽を求めて咽び泣く。
俺の寵愛を乞う女はどれ程無謀な要求にも耐える。
否、喜んで奉仕して来た。
寝屋の相手に困った事など一度たりとてなかった。
だがそれに満足していたのは、真のそれを覚える迄だったが。
『‥‥‥何故、お前なのだろう、な』
『私も思う。好きになった人が何で知盛なのだろう、って‥‥』
紅く誘う唇を食めば直ぐさまそれは熱を持った。
現でなく幻だと言い聞かせども、あかりを前には全て飛ぶ。
男を知らぬあかりに男を教えたのは俺。
だが、目覚めた後も破瓜の証が流れていたのかすら、尋ねる事が叶わぬまま。
離れた口を、紅に染まった頬に寄せ、流れる涙を舐め取る。
身を捩り無意識に快感を訴える、あかりの耳元に囁いた。
『‥‥俺が、欲しいか?』
『‥っ』
未だ自分から欲する事が出来ず羞恥に眼を逸らす。
この女が淫らに俺を求めるのは何時の事か。
‥‥‥夢だと知りつつ。
分かつ熱、吐出せど満たされず更に求める熱とは別に、心は酷く満たされる。
抱き締める柔らかさにらしくもなく息を吐く様な。
――そして目覚め、空いた手に虚しさを覚える。
『好きだよ、知盛』
『‥‥ああ』
そんな言葉で足りぬ愛情とやらを、刻んでやろう。
閉じ込め、永遠にそばに置くことが叶わぬなら
目が覚めても尚、俺に縛られるがいい。
俺を求めて泣けばいい。
『夜が明けるまで、愛してやるさ』
‥‥この俺もまた囚われている。
腕に閉じ込めても泡沫の如く
決して己の物に出来ぬあかりに、狂いそうな程。
『同じ深さまで堕ちろ、あかり』
身体を繋いだまま今此処で、愛しい女の命を絶てば俺の傍に置いておけるのか。
ふと沸いたのは気の触れた如き希求を、振り切るべく唇を再び重ねる。
十三夜
明日の夜にでも、有川を相手に杯を交わすのも悪くない。
生誕日の祝いとやらに、有川の‥‥‥あかりの住む世界の話を聞いてやろう。
次の望月の夜、この女の驚く顔を見る為に。
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