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‥‥‥もがいても、泣いても、どんなに願っても
決して手に入らない人の、腕に抱かれた夢。
そう、あれは夢なのに。
あなたの鼓動
あなたの身体
張り裂けそうな痛みさえ、幸せで
忘却を許してくれないほどに、リアルで
目覚めても残っていた、情熱の赤い痕に涙が零れ‥‥‥決意した。
一生、他の恋は出来そうにない。
それならば、私はあなたに‥‥‥。
【平知盛、清盛の四子
1151年に生まれる
文武に秀で、父の寵愛を受け育つ
官位は武蔵守から従二位権中納言になる
壇ノ浦では最後まで一門を守る為に戦い、一門の最期と敗戦を見届けた上で、かの言を遺し入水する
「見るべきほどの事は見つ。今は何かを期すべき」‥‥】
『見るべきほどの事は見た、な‥‥』
「‥‥‥っ」
掲載されてる文字が、彼の声で変換され脳裏を巡る。
途端に気分が悪くなり、私はパタンと本を閉じた。
彼ならば、本当に言いそうな気がして。
唇の端を持ち上げながら、事も無げに最期を‥‥‥。
「ほんっとにお前、図書館に通ってんだな」
「‥将臣こそどうしたの?珍しいね」
机に影が射したので顔を上げれば、正面に立っている難しい顔の友人。
雑誌なら読むが暇な時でないと読書はしない、と公言しているから珍しい。
「望美が泣きついてきたぜ?お前が飯もろくに食わねぇで本ばっかり読んでるってな」
「‥‥‥食べてるよ、ちゃんと」
嘘ではないが後ろめたさで眼を逸らす。
すると軽く頭を払われた。
「嘘吐け。何悩んでるか知らねぇけど、抱えきれなくなったら望美でも俺にでも言え。な?」
無理矢理聞きだそうとしない。
けれど、気付かぬ振りもしない。
私がその気になれば親身になるから、と約束をくれた将臣の優しさが胸に染みる。
頭の熱に浸りながら、俯き眼を閉じた。
言えない。
ううん、言いたくない。
知盛の事は、私だけの秘密。
「ありがとう」
「‥‥‥あかり、」
将臣が何か言いかけていた。
けれど、俯いたままの私には気付く由もないまま。
じゃぁな、と将臣は言いながら私の頭をくしゃっと撫で、踵を返すのを見送った。
閉館時間を少し過ぎ、図書館を出た。
一度に借りられる冊数丁度の本を抱えると、かなり重量がある。
仕方ない。
平家関連の書物の中でも、分厚いものばかり厳選したのだから。
「あかり」
「望美‥‥‥」
将臣といい、休日なのにやたらと友達に偶然出会う日だ。
‥‥‥なんて、本当は望美が私に会いに来てくれたと知ってるけど。
望美は私の手から半分本を取り上げた。
重いからいいよ、と断れば「重いから持つんでしょ」と事も無げに返される。
ありがとうと小さく言って。
それから二人、無言で帰路の途に。
夕焼けがやけに赤いと感じた。
「‥あかり」
「うん、ごめんね」
彼女の言おうとしたことを、先回って謝罪する。
用件は多分、将臣と同じなんだろうから。
「それってズルイよね。謝られたら怒ることも出来ないよ」
「うん」
「おばさんもあっちで心配してると思う。なのにあかりは何も言ってくれないし」
「うん」
「それなのに、最近どんどん痩せて‥‥‥私、そんなに頼りないかな」
涙こそないものの、声は辛そうだった。
ちらりと視線を向けた横顔が、夕陽に染まって綺麗。
けれど表情は厳しく凛としている。
今更ながら、こんなに心配掛けているんだと気付いた私は、鈍すぎるのだろうか。
「ごめん。頼りないなんて思ったことない。ただ‥‥‥恋の悩みだったから、何て言えばいいか分からなかったんだ」
「そっか、恋か‥‥‥‥‥‥えっ!?恋っ!?」
「‥‥‥何?私に似合わない?」
そんなに意外なのか。
ムッとした私を見たのか、「違う違う!びっくりしただけだよ!ごめんね」と両手をブンブン振っている。
確かに一度も恋愛話なんてした事ない私達。
望美に至っては多分、初恋すらまだな気がする。
そう言えば先週、屋上でご飯を食べていた時だったか。
『恋って甘酸っぱいって言うでしょ?どんな感じかななぁ』
と呑気にイチゴ牛乳のパックを膨らましていたっけ。
‥‥‥頑張れ、譲。
「ねぇ、あかりの好きな人って将臣くん?」
「何で将臣が出て来るの」
「え?あ、ううん、何となくっ!そっか、違うんだ‥‥残念」
「はぁ?」
「そうそう!だからどんな人?」
真面目な声音で問われる。
全部話したくなったけれど、どう説明しても理解出来ないだろう。
「ん‥‥‥我が儘でね、寝てばかりいて、器用だけど不器用な人。面倒くさがりだけど、争い事は好きなんだって」
「‥‥‥そう。何か、とんでもない人だね」
眉を顰める望美に、私は声を上げて笑った。
「でも、誰よりも好きなの‥‥‥」
そして誰よりも、遠い人なんだよ。
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