09 (9/20)






銀の夢を見たのは、告別式の夜だった。



















‥‥‥願いは通じるの?

強く望めば、会えるの?







だって今日は満月じゃないのに。

‥‥‥‥新月






『‥‥知盛?』



気が付けばあの花畑。



『知盛?』



身体を起こしながら、会いたい人の名を呼んだ。



『‥‥ねぇ、いるんでしょ?』








「二人だけの世界」が、今の私にとっての聖域だった。


ここなら、
知盛と一緒なら

忘れられるのに、辛い現実を全部。





『知盛?‥‥いないの、ねぇ?』



見回せど誰もいなくて。
呼びかける声が虚しく消えていく。

ここは二人の世界なのに、貴方がいないなんて‥‥。




不安で胸が押し潰されそう。








会いたい









『知盛っ!!』





叫んだ拍子に涙がポタリと落ちて、足元の赤い花弁に染みを作った。





『期待させるだけさせて‥‥』





会えないのなら、こんな【夢】なんか見せないでよ。

彼がいないこの世界なんて虚しいだけなのに。

全身の力が抜け足元から崩れ落ち、力なく両手も付いた。





『馬鹿っ‥‥』

『クッ‥‥馬鹿とは随分な言葉だな‥‥』

『‥‥‥え?』






呆然と呟くのも仕方ない。

ゆらりと身を起こしたのは、私のいる場所からほんの少し先の花の中。



『‥‥知盛。いつからいたの?』

『さぁ、な‥‥喧しいお嬢さんが喚くより、前だが‥』



何が面白いのか。

上半身だけ起こした彼は、私と視線を合わせた後、また喉を震わせる。





ああ、この笑い方は知盛だ。





そのことがこんなに嬉しく、愛しいと思うなんて。



『‥知盛』

『‥‥‥』



望美達の前ですら泣けなかったのに‥‥‥。
涙が零れて嗚咽が堪らなくなって、抱き付いた。

初めて自分から男の人に触れたことに我ながら驚く。






抱き返しては来ず、何も言わず、だからといって振り払うこともせず。

そんな知盛に「好きにしろ」と言われている様な気がして、妙に安心した。




堅い胸板に頬を当てると、確かな鼓動が聞こえる。

涙は止まらなくて、でも聞いて欲しくて‥‥私は口を開いた。




『‥母さんが亡くなったのっ‥‥』

『‥‥‥』



母が亡くなり、初めて会う親族は遠く感じて

けれど友達には心配掛けたくなくて‥‥‥。









ぽつぽつと全てを語り終える頃には、涙も引いていた。







『‥‥‥‥つまらんな』



ずっと黙って聞いてくれた彼が発したのは、予想外の一言。



『‥え?』

『‥‥つまらん、と言っている』




綺麗な紫の眼に宿るのは、紛れもない苛立ち。
それを見た瞬間、私も頭が覚めた。




‥‥‥そう。何を言っていたんだろう。
ここにいる「知盛」には関係ないことなのに。

彼にとって私は世界の違う人間。






 他人  なのに










『ごめんね、知盛』



謝りながら離れようと後ろに引いてけれど、それはすぐに叶わなかったと知った。

肩を掴まれ、どす、っと堅いものにぶつかったから。




『‥‥何を求めていた‥?』

『‥‥は、離してっ』



至近距離に綺麗な顔が、私を睨みつけている。





『‥‥‥生温いお言葉でも‥掛けて欲しかったのか‥?』




逃げようにも後頭部を抱え込まれていて、無理。

せめてもの抵抗にと視線を逸らす。
すると今度は顎を掴まれた。



知盛の薄い唇が、弧を描く。



男に免疫のない私には息が止まりそうに妖しいものだった。





『‥‥‥夢の中の俺にならば、優しく忘れさせて貰える‥‥‥‥‥とでも?』

『‥‥‥!!』





図星を突かれた。






私はただ、知盛に優しく抱きしめて欲しかったんだ。


夢の中だから、現実じゃないから。


他に誰も見ていないから‥‥。






そんな考えは知盛に全て見透かされていたんだ。

甘い考えの自分が恥ずかしくて、眼を閉じた。



『‥‥‥ごめんなさっ‥』





謝罪の言葉を封じられたこの感触は‥‥‥

それは私にとって、初めてのキス。



『‥‥‥はっ‥、んっ‥‥!!』





『クッ‥‥‥望み通りに、忘れさせてやるさ‥』



怖いくらいに真剣な眼で、真っ直ぐ視線が重なる。

その代わり、と知盛の唇が音もなく呟いた。




『‥‥‥俺を刻み付けろ‥‥‥何処に居ても、忘れる事等、出来ぬように』


『‥‥‥知盛』










知盛を想わない日なんか、今でもないのに。








『優しくする気などないが‥‥‥いいな‥‥?』


『‥‥うん』









私の返事に笑みを浮かべる知盛に、次の瞬間には強く抱きしめられて


孤独も、悲しみも、大きな波が押し流していく。







今までの、穏やかな時間はどこにもない







眼が眩む位の激しいキスが降る。







『‥‥お前は、俺のものだ‥‥‥‥あかり』














‥‥‥眼が覚めればもう、悲しみは癒えているだろう。





そうしてきっと明日から、貴方を求めて焦がれるんだね。










今、全てを刻みつけてくる

銀色の夢を、また見る日まで‥‥‥。











 

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