Find the one that is (3/4)






「っ、ガイ‥‥離して」

「離す?何故だい?」


このままだと、まずい。振り払えなくなる。


「ガイ!お願い――」

「悪いが、その願いだけは聞けないな」


その温もりの枷を振り払えないのは、結局特別な感情がいまだ胸の奥底で生き続けるせい。
心が離れたのに、この距離に安心を覚える程に彼を愛している。



「‥おめでとう?幸せになってくれ?‥‥‥冗談じゃない」



嘲笑うかのような、乾いた笑い声が耳を掠める。



「まだ君を愛している俺が、本心から言うとでも思ったのかい?」

「‥‥‥」

「勝手なことを言わないでくれ」



きつい言葉と、視界に入る腕が震えているのと。
これ程までにガイを怒らせているのに、別れを望んでいた筈の私は喜びを覚えた。

私に怒ってくれている、まだ愛していると。

それを喜ぶなんて何処まで浅ましいのか。



「‥でも、私の中では終わったの」

「誰が君を諦めると言ったんだ?」

「結婚するって言ったじゃない。あなたは‥‥ガイは、もう過去の人だから──」

「過去?なら、俺の目を見て言ってくれ」

「ガイ‥‥」

「‥‥見られないのは、嘘がバレるのを恐れてるからだ。違うか?」

「違う、本当にっ」

「ユイを幸せにするのは俺だ」

「っ、ガイ!駄目!」



耐えられなくて、静止の為に叫んだ名前。
想いを捨てきれていない私には、ガイの言葉は毒でしかない。

簡単に堕ちてしまう芳醇な、甘い猛毒。






「‥‥レグザ・アレスト子爵」

「っ!?」


突如、落ちた言葉に私の肩が思わず跳ねた。


「図星か」


どうしてガイが、その名前を。

まさか‥‥。


「気品の欠片もない男さ。両親の借金を引き取る代わりに、ユイ自身を差し出させる卑劣なやり口を使うとはね」

「そんな事言わないで!アレスト子爵は、私が苦しい時に手を差し延べてくれたの」

「君のご両親の借金が、奴に仕組まれた罠だとしてもかい?」

「‥‥っ!何、言ってるの!?」


未だ腕に閉じ込められたまま、彼に背を預ける姿勢で顔だけ振り返った。
そんな私の眼を捉えて、過去何度もキスをした唇が薄く開かれる。


「‥‥二年前、マルクトの子爵はダアト巡礼の途中、ある女性に一目で恋に落ちた。彼女はキムラスカ王弟のファブレ公爵家に仕えるメイドで、公爵夫人の病癒祈願に来ていたんだ」

「それって‥‥」


私の知る侯爵だろうか。
だとしたらそのメイドと言うのは、私?


「マルクトに戻ってもメイドを忘れられない子爵は、更に調べさせた。彼女の両親はバチカルで織物の事業を営んでいる事。そして、将来を誓い合った使用人の存在まで、詳しくな」


淡々と紡ぐ彼の眼が、伏せられた。


「どうにか付け入る隙を狙っていた子爵に、ある日好機はやってきた」

「好機‥?」

「恋人が姿を消したんだ」



いつまでも聞いていたい、けれど聞くのが辛い、ガイの声が少し揺れた。
きっと思い出したのだろう。
私の脳裏にも甦る。


約束を残して旅立った、あの日を。



「‥‥極秘裏な情報だが、その男はキムラスカの王女と公爵子息の旅に同行しているらしい。公爵邸に使用人として潜入した諜報員から、そう報告を受けた」



ナタリア殿下と、ルーク様と。
確かにガイは彼らに同行していた。
他にも敵方マルクト帝国の使者と、中立であるダアトから導師と、共に。
平和条約の締結を願い、二国間の戦争をなくす為の危険な旅へ。


「様々な悪事を働いていた子爵にとって、彼女の両親を破滅させるのは簡単だ。幸い独自の密売ルートを持っている」


独自のルートで市場を操作し、織物の値を巧みに引き下げたのだと。
そのメイドの両親へ僅かな期間で打撃を与えたのだと、ガイが言う。


彼らは敢え無く破産。
従業員に払う給料を保険から捻出する為に、二人は‥‥。



「もうやめてっ!」



紡がれる事実に、返す言葉はなかった。


そうだ。
大好きだった父と母は、還らない人になった。

残されたのはたった一枚の手紙。

保険金の行き先を指示して、あとは───
私への謝罪と、愛の言葉だけ遺して。



筆舌し難い慟哭を、思い出す。



葬儀の後バチカルの町をふらついていた私を見かねて、手を差し延べてくれた子爵が、仕組んだ‥‥?

私が、縋るように?そんな。



「‥後は、君の知る通りさ」



信じられない様な事実ばかりが次々と生まれる。

けれど不思議と、ガイの言っている事柄が、事実以上の「真実」なのだと、それだけは信じられた。






何故マルクト帝国の子爵が、
キムラスカの、それも一介のメイドに訪れた不幸を知っていたのか。






その疑問は常に心の隅にあった。
だからこそ、心の整理をつけさせて欲しいと。
結婚の日取りをなるべく延ばして貰ったのだから。


それに──
仮にガイが嘘を言ったとしても、私は難なく信じただろう。

私にとっての真実は、ずっと彼だった。

今でも、ずっと。








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