Find the one that is (2/4)







「さて、聞かせて貰おうか。突然姿を消した理由」


彼らしい優雅な仕草で扉を開ける。
私が部屋の中へ足を踏み出すと、後ろ手にドアを閉めてご丁寧に鍵の音まで響かせた。
私をベッドに座らせると隅から椅子を寄せ、長い足を組んでその上に頬杖を付く。


───逃げは許さない。


そう語る強い青。
それから室内でも太陽を思わせる髪。

彼に、飽きるまで触れたい衝動を振り切る為、膝に視線を落とした。



「何故、メイドを辞めたんだ?屋敷に帰った時、ラムダスの口から君が先月辞めたと聞いた、俺の気持ちが分かるかい?」


ガイが静かに囁く。


「ガイ‥‥」

「‥‥君のご両親の話も聞いた。酷く後悔したよ」

「‥‥っ」

「君が一番辛い時、俺は傍に居る事すら出来なかったのか、ってね」

「それはっ!ガイの所為じゃない!」


隠されない後悔が滲むのが辛くて、顔を上げた。


「ご両親の思い出が残るバチカルは、君には辛すぎた‥‥支えてやるべき筈の俺もいない。だから──」

「違うよ」


遣り切れない思いで首を振る。

確かに辛かった。
突然の訃報、あなたの不在。

けれど、此処に来た理由は別にある。

こんな言葉だけはガイに言いたくなかったから、逃げたのに。





「バチカルを出たのは‥‥‥結婚が決まったから」




ガイの表情が固まった。


‥‥それから、ゆっくりと息を吐く。



「はっ‥‥、そうか」

「相手がマルクト帝国の人だったから、それで‥‥」


嘘じゃない。


私はマルクト帝国の貴族院に名を連ねる子爵様にプロポーズをされて、お受けした。


だから故郷のキムラスカ・ランバルディア王国を出て、マルクト帝国の首都グランコクマにやって来た。

結婚式までは、下町で一人暮らしをしながら花嫁修業をしている。

入籍する迄の間に、気持ちの整理を付ける為。
それは婚約者も渋々ながら了承してくれたことだ。



そう、ガイに言った言葉で、嘘なんて一つも吐いてない。

隠している事はあるけれど。


「‥‥‥おめでとうって言ってくれないの?」


この言葉が、私にとってどれ程残酷か。
知っていて尚、明るく訊ねる。


「ユイ‥‥」


言われたら、泣くくせに。
あなたを諦める為に聞きたいと思う。


「ねぇ、言って」


最低だ。


あなたの心を引き裂くような言葉を、平気で吐いてる。
引き裂ける程の想いがほんの少しでも残っていたら、の話だけど。

逃げたくせにまだ、ガイが何処かで想ってくれている事を望んでいる、最低な私。


ガイが何度か首を振った後、溜め息を吐いた。


「‥‥俺は振られたんだな」

「ごめんなさい‥‥」

「ははっ、謝るのは君じゃない。情けない話だが、君にそうさせたのは俺のせいさ」

「‥‥ガイ」



言えない事情は、墓場まで持っていく。

酷い女と憎んでくれたらいい。
いっそ憎んで。

それでも忘れられたくないの。

ガイには‥‥ガイだけには。



「‥‥おめでとう、ユイ」



その時、ガイが零した言葉を。

張り詰めた春の空間の中にもたらされた一言を。

顔をあげて受け止めるしかなかった。



「っ、‥‥」

「幸せになってくれ」



唯一、愛する人に祝福される。

今まで生きてきて一番残酷な、罰。






これでいい。


残酷なのに愛しいガイの声を心に刻む為、きつく眼を閉じた。



「‥‥ありが、と‥」



多額の借金を残して父母が死んだ。
肩代わりを申し出てくれた人に、この身を捧げる私。

その代わりに裂かれた心だけ、この場所に置いて行ける。
ガイと最後に話した、この場所に。


「‥‥もう話すことはないから、行くね」



これ以上ガイの傍に居たらきっと泣くと予感して、踵を返した。

部屋を出れば、全て終わる。
ガイをどんなに想っても交わらない未来。
夫となる人に尽くしながら、きっと心の中で片想いを続けるんだろう。

新しい未来が、私を待っている。


沸き起こる愛しい感情を堪え、ノブに手をかけ回した

‥‥‥筈だった。




なのに次の瞬間、半分開いたドアがバタンと音を立てる。


どうして?


私の顔の両脇から伸びた二本の腕。
それが、外へと開いた隙間を閉ざしていた。

同時に、私を閉じ込める腕。


「‥‥‥なんてな。俺が本気で言うと思ったのかい?」


耳元に吐息がかかる。

この場を離れなければ、自分はこの匂いに取り込まれる。そう酷く危機感を覚えた。





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