crescendo (1/1)



ザシュッ、と何度も聞いたあの嫌な音と共に、肩に灼熱が走った。
直後血がそこに集中し始めてようやく、ああドジを踏んだんだなと何処か他人事の様に思う。



「ユイ!!」


崩れかけた意識を繋ぎ止めるように聞こえたのは、今まで一番聞いた声。
なのに‥‥聞いた事がない。
そんなに必死な響きで私の名を呼ぶ声なんて。


「わた、しは大丈夫、だから‥‥ジェイド」


少しでも言葉通りに取って貰える為、崩れかけた足に力を込めて踏ん張る。
何とか浮かべた笑みは不自然に引きつっている筈なのに、この時の私にはそこに気付く余裕はなかった。


「無理しないで下さい。──ティア!彼女をお願いします」

「ユイ!?‥‥ええ、わかりました。大佐、ユイ退がらせて」

「わたくしもお手伝いしますわ」

「ありがとう、ティア、ナタリア」

「わっ!?」


ふらつく身体はしなやかで強い腕に支えられ、そのまま横抱きに抱き上げられる。
どうやら二人がかりで治癒しないといけない程の傷らしい。
ナタリアとティアが私たちに続いて後退した。


「分かった!後はアニスちゃん達にまかせてー」


と、アニスが神託の盾兵をトクナガで薙ぎ払った。


「ジェイドっ!?‥‥じ、自分で動けるから、」

「旦那後ろ!」


慌てた私がもがく間もなく、ガイが神託の盾騎士団兵と切り結びながら叫んだ。

後ろ?──あ。

ジェイドの肩越しに見てしまった。
彼の背に剣を振り翳す、甲冑を着た兵の腕───。


「レイジングミスト!」


直後、視界が炎に染まった。
今のはジェイドの術?
槍技ではなくて、譜術ではなかったか。
だけどおかしい。だって術ならば、


「ジェイド、すっげーな」

「おいおい、詠唱なしかよ」


ルークとガイが私の心を代弁してくれた。
そうなのだ、譜術───それも上級譜術ともなれば、詠唱なしで発動出来ない筈だ。
ジェイドの傍に居る私は、彼にそんな時間もなかった事を知っている。
つまり、詠唱を全く省いたのだ。


「どうして‥‥」

「少しだけ此処で待っていてください。すぐに片付けますから」


この聡い彼ならば私の問いたいことなんてお見通しなのに、答えてくれない。

宥めるように至極優しい笑みを向けられる。

けれど。
その赤い眼に、術と同じ紅蓮が見えた気がして。

もしかして怒っている?
あの、ジェイドが?

まさか───そんな事ある訳がない。


「さて、と。‥‥‥あなた方も運が悪い。私を本気にさせてしまったようですから」

「‥‥‥ジェイド?」

「行きますよー、天光満つる所に我はあり、黄泉の門ひらく所に汝あり 出でよ 神の雷‥‥‥インディグネイション!」


ティアとナタリアに治癒術を施してもらっている間中、ぽかんと口を開けたまま私は彼を見ていた。
後で皆曰く「一本線が切れた大佐」が、どっかんどっかんと秘奥義をぶちかましている姿を、ただ呆然と。
いつにも増してときめいたのは当然。



この日を忘れる事なんてない。
私達が始まった日なのだから。






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