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「おかえり、詩紋くん」
かちゃり、キーの音がしたから玄関に走った私を見て、ドアを開けた彼はびっくりしたように眼を見張らせた。
「恋、もう帰ってたの?」
「収録が早く終わったんだよ。びっくりした?」
「‥‥うん、びっくりした」
それから、眼差しがゆっくりと綻んでゆく。
優しく小さく笑ってくれるこの瞬間に、私は何度ときめいたんだろう。
これから何度、ときめくんだろう。
熱くなった私の頬を詩紋くんに気付かれたくなくて。
眼を伏せた次の瞬間、ふっと影が差した。
「ただいま。好きだよ、恋」
「‥‥っ」
「いい匂いだね。もしかしてご飯作ってくれてる?」
「えっ?う、うん。たまには‥って、まだサラダは途中なんだけど」
「‥‥僕、今なら幸せで死ねるかも」
好きだよ、って本当に嬉しそうに笑う。
くしゃくしゃと私の頭を撫でてから、リビングに入っていく背中を見送った。
さっきより明らかに熱を持った唇に、指で触れる。
そこはしっとり濡れていて。
大好きな残り香に包まれていて。
「もうっ‥」
‥‥‥ほら。
またドキドキさせちゃう詩紋くんは、ずるい。
「ねぇ、レタスは手でちぎるのー?」
「‥あ、うん!って言うか帰ったら先に手を洗ってよ」
「もう洗ったよ」
「ええっ?」
い、いつの間に?
びっくりした私に、リビングから顔を覗かせていたらしい詩紋くんが笑う。
袖をまくって、エプロンまで着けて、すっかり身支度も終わってて。
「いつまでボーっとしてるの?見てて楽しかったけど」
「たた、楽しいって‥‥?」
「やっぱり僕は世界で一番幸せ者だな」
‥‥‥幸せ者は私の方なのに。
この人のこの笑顔も、腕も胸もみんな、
独り占めできるんだから。
アンケートお礼文より
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