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君に、ずっと逢いたかった
綺麗な涙を拭うのは、僕でありたいと願っていた
ずっとずっと
‥‥‥遠い、君を想っていた
「桜井さん!お疲れ様でーす!」
「あ、はい!お疲れ様でした!」
すれ違う馴染みのディレクターさんが慌しく挨拶をしながら、さっきまで私も居た煌びやかなスタジオへ駆けて行った。
いつもより忙しそうなのは、今日は生放送の特番ばかりが押しているからだろう。
頑張ってね、なんて心の中だけで呟いた。
「‥‥取りあえず25日の13時にT局入りだから、12時に迎えに行くよ。それまでゆっくり休め。最近恋はオフが無かったしな」
「ありがとう。松本さんはこれからデートなんでしょ?元気だね」
「まぁな。こうでもしなきゃ敏腕マネと彼女は両立出来ないの」
敏腕、と当然のように胸を張るマネージャーに色んな意味で感心してしまう。
時計を見ればもうイブが終わるまで後一時間を残している、深夜。
「こんな仕事してて半分割り切ってるけどやっぱり羨ましい。時々ね、外で思いっきり遊びたいなって思うもの」
「はは、まぁ仕方ないよ。有名税だと思いなさい」
「‥‥分かってる。松本さんには感謝、してるんだよ」
「礼なんていいって。恋が頑張ったからだと言ってるじゃないか。まぁ、感謝の気持ちは仕事にね」
「はーい」
私が今でもこの世界に居られるのは、この人のお陰。
この人と、ファンで居てくれる人達と、優しい周りの人達のお陰。
「‥‥で、恋は今年も?」
「うん、今年も。いつものとこで降ろしてね」
「いいのかい?今年は帰りを待ってるんだろ?‥‥ワンコが」
「ふふっ」
ワンコ、だなんて言うから思わず笑ってしまった。
駐車場に向かってテレビ局の廊下を歩いてるんだから何処に人の耳があるか、慮っての言葉なんだけど。
「忘れたの?うちのは怒ると怖いんだよー」
「そうだった、吠えない犬ほど厄介なんだよねー。気をつけとこう」
イブの夜なんだ。
早く帰って逢いたい。
彼はきっと、帰りを待ってくれてると思う。
‥‥‥でも、これは儀式。
ずっと昔に決めた、私の為の。
十二月に入る前から、あちこちで町並みが華やかになる。
クリスマスの本当の意味を置き去りにしたかのような、それでもその日を祝う気持ちだけは真実だと云わんばかりに。
ライトの煌き。
大きなツリーに、聖夜を歌うメロディ。
道行く人の心をほんの少しだけ照らすような、そんな夜が毎日訪れる。
それでも同じイルミネーションが、今日だけは違うと感じさせるのは不思議。
───そんなの決まってるじゃない。イブは特別だっていう気持ちがそう見せてるんだよ。
詩紋くんならそう言いそう。
その後にあのとびきり甘い笑顔で
「僕は君と居られる時間がいつも特別だけど」
とか言って、私をドギマギさせたりして。
考えてくすりと笑って、そして正面を見つめる。
此処まで送ってくれた松本さんはもういない。
遅くまでいちゃ駄目だ、帰りは必ずタクシーで帰るようにと、何度も念押ししてテールライトの群れに消えてから、三十分位経過したか。
私を一人にさせたくないのが本音だろう。
警察署がすぐ脇にあるとはいえ、こんな深夜に。
松本さんは何も言わない。
けれど、この事が事務所に知られたら叱責で済まされるかも危うい。何かあったら松本さんの首が飛ぶ。
‥‥それでも、今日だけは我侭に目を瞑ってくれる。
今日だけ。
そんな松本さんは、最高のマネージャーだ。
感謝している。
私を商品としてでなく、一人の人間として尊重してくれる彼を。
「今年は白だね‥‥」
繁華街の奥に、大きなツリー。
年毎にテーマカラーを決めているらしく、その色を基調に華やかな輝きを夜に添える。
去年は金と銀だったツリーは、今年は雪の結晶を型取ったライトとブルーのリボンで彩られていた。
夜の海を背景に、光っては消える白。
私はそれを、この場所から静かに見ていた。
ピンクだったり水色だったり、年ごとに色は違っても。
この日はこの場所から、いつも。
これは前を向いて歩くための、儀式。
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