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「‥‥でも、スリッパのこと言っちゃったのは怒ってるからね」

「どうして?微笑ましいネタだよ?」

「は、恥ずかしいの!」

「そうかなあ。取れたウサギの目を踏んで虫と勘違いしちゃった恋が悲鳴上げて泣きながら僕に抱きついたなんてめちゃくちゃ可愛いじゃない」

「いーやー!言わないでってば!」


詩紋くんの口を両手で塞いだ。

思い切り恥ずかしい。
全国に私がドジだってバレてしまったじゃないの。


「今更でしょ?」

「そ、そんな事ないのに!仕事じゃ気をつけてるよ」


以前は『桜井恋』であるよう、意識してカメラの前に立っていた。

それが、詩紋くんに出逢ってどんどん変わってゆく。

最近じゃ仕事でもかなり「素」が出てしまうようになったけれど。
女優としてどうなのかと思う私を余所に、何故か仕事が増えてしまったのだから不思議だ。


「‥‥本当はね、恋の私生活の話なんてしたくなかったんだ」


左側から抱き寄せられる私の身体。
シャツから漂う仄かな香水の匂いと、ブルーマウンテンの匂い。


「自慢したいけど、僕だけが知ってる恋を教えたくなんてなかったりするし‥‥‥」

「詩紋くん‥‥」

「矛盾してるね、僕」

「本当‥‥ふふ」


声が掠れた詩紋くんの胸に頬を寄せ、眼を瞑った。

同棲が週刊誌に報じられ、その後記者が押し寄せる日々が続き、少し沈静化したと同時に婚約を発表した。
間髪入れずに入籍、会見と。


目眩しい日々はもう二ヶ月くらい前の出来事。


過去を忘れきれず、今でも少しマスコミが怖い私とは逆。
上手に利用している詩紋くんの行動は、ただひたすら私の為を思ってのことだと気付いてる。


「‥‥私、ちゃんと守られてるよ。ありがとう」


外で彼の口から語られる『生活』は、とても甘くて暖かい。

過去のスキャンダルと繋ぎ合わせて『私』が不純な女だとの見方をする事のないように、世間でのイメージを払拭させようとしてくれている。

私達が、如何に想いあっているか。

詩紋くんがどれ程私を大切にしてくれているか。

それを彼が大切に、けれど深い部分には触れぬように、話してくれるから。


「なんのことかな?僕は惚気ているだけ。この前も松本さんに説教されたよ」

「うん。ありがとう」

「‥‥‥恋は見抜かなくていいのにさ」


───優しい人。

出逢わせてくれてありがとう。
感謝しています。神様に、それから、詩紋くんに。
愛してくれてありがとう。
愛させてくれて、ありがとう。


「ねぇ詩紋くん‥‥来月で、一緒に住み始めて一年になるね」

「うん。あっという間だった」

「その日ね、松本さんにお願いして二人ともオフにしない?」

「‥‥‥え?」


私の髪に触れていた大きな手がぴたりと止まる。

視線を上げれば、驚きに開かれた蒼。


「記念日だからデートしたいなあって‥‥えっと、だめかな?」


その瞬間、更に見開かれる眼に、拙い事でも言ったのかと不安を覚える。


「‥‥‥詩紋くん?」


鋼鉄よろしく固まった詩紋くんの胸から預けていた身体を離そうとすれば、すぐにそれは叶わないと知る。


「恋っ!」

「ひゃっ!?」


ぎゅうっと、強く抱き締められたから。


「どうしよう、すっごく嬉しいっ‥!!」

「ど、どうしたの‥っ!?」

「僕から言うつもりだったんだよ。結婚式挙げようって‥!」

「けっ、‥‥結婚式!?」


結婚式って、結婚式って。

確かにお互い多忙で重なったオフがない為に、挙式は有耶無耶になったままだ。

私自身、雑誌の企画でウェディングドレスを着たこともあってか、現実で着られなくてもそんなに気にもしていなかった。
というより、今の瞬間まで気が回らなかったというべきか。


「実はもう予約しているんだ」

「ええっ!?」

「身内だけの式になるけどね。社長と松本さんも出席してくれるよ」

「そんな‥‥いつの間に。ひどい」


私の与り知らぬ所で話が出来上がっていたことに、些かむっとする。

そんな私の知らず膨れた頬を、綺麗な指先がむにゅ、と押さえた。


「ごめんね。驚かせたかったんだ」

「う‥‥‥」

「恋のドレス姿を見せてよ。雑誌なんかじゃなくて、僕の為に‥‥‥だめかな?」


さっき私がしたように、小首を傾げる詩紋くんはやっぱり卑怯だ。

喜ばせる術を心得ている。
私をどこまでも甘く蕩けさせる。


「わかったけど‥‥ドレス、詩紋くんの好みじゃないの着ちゃうんだから」

「大丈夫。恋が何着ても、綺麗過ぎて襲いたくなっちゃうから」

「‥‥‥えっち」

「それも今更だよね」


声を上げて笑う詩紋くんに釣られて、私も笑う。

残暑に負けないほど熱い私達。

これから秋が来ても、冬の木枯らしが訪れても、彼といればいつだって暖かく時折熱くいられる。


「‥‥‥ありがとう。僕の奥さん」


耳元で掠れた囁きが身体を艶に疼かせる。
駆け巡る衝動に身を任せながら、詩紋くんの背中にぎゅっと手を回した。





 
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