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社長は、私達が付き合いを続けるなら二人とも芸能界に居させられないと告げた。
それも聞いている筈だ。
恐らく松本さんとは別に、社長本人の口から。

だったら話が早い。


「私、詩紋くんが好きだよ。大好き」


声のトーンが変わった事に、詩紋くんは気付いている。




大好き。

これから先、こんなに好きになる人が現れるかどうか。

可愛くて、でも格好いい人。
優しすぎるほど優しくて、だけど時々甘えてくる人。
私の弱い所も全部見せることが出来て、それでも好きだと言ってくれた人。


「だけど、私は桜井恋でいたいの」

『‥‥‥‥』

「自分で選んで悪いんだけど、詩紋くんと居るよりもやっぱり、この世界で安泰に生きている方が私らしいかなって‥‥」

『‥‥‥』

「‥‥ごめんね‥」


ごめんね。

謝るものの、「別れよう」の一言だけはどうしても喉から先に出て来ない、こんな卑怯な私でごめんね。






───暫く一人で考えなさい。男を取るか、この世界を取るか。







一緒に頑張れば、認めさせる事だって出来たかもしれない。

だけど、言えない。
彼をこれ以上巻き込んでしまうのはどうしても、嫌。


答えならとっくに決まっている。

決まっている、はずなのに‥‥‥。



『‥‥‥はぁ』


そっと耳を撫でる、呆れた嘆息。


『そこで「一緒に頑張る」って、言ってくれるかなぁって期待したのに』


残念。と続けられ、私の頭に疑問符が浮かんだ。


「‥‥‥え?」

『あーあ、まだタイミングは早すぎたんだ。そろそろいいかなー、なんて思ったのに』

「え?‥‥‥えっと?」

『松本さんの方が僕よりまだ詳しいのかな。悔しいかも』


あれ?

詩紋くんの声に言葉通りの悔しさは滲むものの、それにしては何か違う。

もっとこう、重たい話じゃなかったっけ?



「詩紋くん、何のことだかさっぱり‥‥」

『あ、そっか。じゃぁドア開けてくれる?707号室で合ってるよね?』

「‥‥‥は?‥え、えええっ!?」



ちょっと待って、このパターンって前にもあった気が。

‥‥‥既視感とはこんな感じなのか。


というよりも、ロケじゃなかったの!?


『って言うのは冗談だけど』

「‥‥っ!!」


詩紋くんのクスクス笑う声に、からかわれていたんだと漸く気付いた。
悔しくてドアに急ぎ掛けていた身体をソファに引き返す。


「だますなんて酷いよ」

『ごめんね。あんまりにも悔しかったから、意地悪しちゃった』

「意地悪って‥‥」

『離れるなんて許さない』


息を呑む。

詩紋くんは鋭く告げて、それから少しだけ笑った。



『今夜中に恋の所に帰るから、その時に話をしようね』

「でも、私は」

『逃げても無駄だよ。わかった?』


何もかも見通したように彼が言うから、言葉に詰まってしまう。
私の心の内を、詩紋くんはよく察しているなぁと何処かで感心しながら。

彼相手に逃げられないような、そんな気さえした。


「‥‥‥うん」


詩紋くんは深く息をついた。


『良かった‥‥‥ねぇ、これだけは忘れないで。僕の中心は、いつだって君だから』




いつの間にか切れた電話を片手に、気付けば静かに泣いていた。






僕の中心は、いつだって君だから






そのたった一言がキラキラと光を伴いながら、心の中を照らしている。

視界の隅に、さっきまで心を苛んでいたあの週刊誌。
落ち着いてもう一度めくった頃にはさほど心は痛まないだろうと思う。


どうして彼を手放そうと思ったのか。
離れてゆくと思ったのか。


詩紋くんはそんな甘い人じゃない。


だって彼もまた、私の核なのだから。



 
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