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ホテルの部屋から外を見ると、広がる夜景。
その見事さに暫く立ち竦む。
「必要なものがあれば教えてくれ」
「うん。ありがとう、松本さん」
「恋‥‥‥」
送ってくれた後、尚も気遣ってくれる松本さんを振り返った。
「私なら平気。彼女が待ってるよ?」
「いいよ。こんな時ぐらいマネージャーの仕事しなきゃね」
「ダメ!これで松本さんがフラれちゃったら私、申し訳なくて立ち直れない」
痺れを切らして松本さんの背を押すと、私の手が震えていることに気付いた。
松本さんも同じなのだろう。静かにドアの外へ出た。
「恋‥‥‥大人しくしてるんだよ」
そう言い残して。
しん、と静まったホテルの部屋に、一人。
ソファに身を沈ませ、事務所で手渡された雑誌を手に取った。
───清純派として幅広い層から人気を集めている桜井恋だが、過去にもスキャンダルを起こしている事実は記憶に新しい。
───今回の噂のお相手・流山詩紋は、モデル並みのプロポーションと爽やかな笑顔で一躍人気の俳優だ。
───関係者の話によると、彼女は前回の騒動で懲りたのか、今度は趣味を変えたという説も。
「‥‥‥さすがに、痛いなぁ」
好き勝手書かれてる。
そう怒ってもいいのに、それよりも痛い。
痛いのに。
疲れたのか、涙は出なくて。
前にこうして書かれた時って、どうだったんだろう。
私、凄く泣いていた。
今よりもずっと泣いていたけれど、思い切り悲しんだけれど。
不思議だ。
きっと、今の方が辛い。
今頃マンションは報道陣の山なんだろう。
せめてもの先手を打ち、ホテルに非難させてくれた事を有り難く思った。
落ち着くまで会えないことに。
だって、こんな状態で会うと崩れてしまうから。
何とか記事を最後まで読み、雑誌を閉じようとした時。
テーブルの上から優しいメロディが鳴り響いた。
「あ‥‥」
途端、胸がズキリと疼いた。
いつもなら私の気分を確実に上げてくれるこの音。
だけど、今は重く沈んだまま機械的に通話ボタンを押す。
『恋?今、大丈夫?』
嫌でも分かってしまう。
彼の尋ねる「大丈夫」の意味。
きっともう松本さんに聞いたんだろう。
だからこれは、電話が出来る状態を聞いているのでなく。
私を、心配して。
「大丈夫だよ」
『‥‥そう言うと思った』
「‥‥‥っ」
受話器から滑る愛しい愛しい声に、視界が潤み出した。
『聞いたよ。松本さんから、全部』
「うん‥」
『ごめんね』
「‥‥っ!なに、言うのっ‥‥」
詩紋くんは馬鹿だ。
「謝るの、私のほうじゃないっ」
詩紋くんこそ、私の所為でこれから大変な目に会うというのに。
いや、もう既に会っているかも知れない。
『僕なら大丈夫。ここまでマスコミは来てないよ』
私の考えを読んでいるのか、くすりと笑う。
『それに』
「あ、あのね詩紋くん!」
『‥‥恋』
彼の続きを遮り意気込んで名を呼べば、数瞬の間が生まれる。
「あのね」
今から言わなければならない言葉がある。
鉛を飲み込んだように喉が重く苦しくても。
こうなった以上、決めていた「答え」を。早いうちに。
「‥‥全部、聞いてたなら‥‥話が早いよね」
電話の向こう、一切の音が消える。
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