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それから翌日。
明日には会えると思うと俄然やる気が出てきて、今日の収録も好調だった。
いつに無く上機嫌な松本さんと一緒に楽屋を出た時、
「はい松本です‥‥‥はい、今からですか?‥分かりました」
タイミングよく鳴った携帯の着信。
手短な会話を切った後、松本さんが振り返った。
「恋。事務所に寄ってくれって言われたけど、いいかな?」
「私も?いいよ」
何の用だろう?
内心首を傾げながらも頷くと、松本さんの手が私の頭をポンと撫でる。
「そうか。じゃぁさっさと行って帰ろう」
「デートだもんね」
「そういうこと」
相変わらずラブラブ過ぎて、からかう気になれないのもいつもの事だった。
見慣れたビルの駐車場で車を止め、直通のエレベーターに乗る。
「あ、松本さん!社長が先に松本さんにお話があるそうですよ」
事務所の受付を通り抜けようとすると、スタッフが声をかけてくる。
「俺?分かった。すまないが、恋は此処で待っててくれよ」
「うん。適当に座ってるね」
隣の社長室に入っていった松本さんを見送り、ソファに腰を落とす。
事務所の一角には応接セットがあり、従業員のデスクとを間接照明と観葉樹のグリーンが柔らかく仕切っていた。
乱雑な事務所の中でも落ち着けるように。
そんな配慮を感じるこの空間が好きだったりする。
詩紋くん、もう帰ってるかな。
出された紅茶に口をつけ、太陽みたいな笑顔を思い浮かべていたら、開かれた扉。
「恋、ちょっと」
「あ、はい」
さっきより疲れた様子の松本さんに、一抹の不安を覚えた。
「失礼します。社長、お久しぶりです」
中に入ると松本さんと、それから社長の姿が。
「ああ、桜井さん。突然こんな事を言うのは申し訳ないが」
「え?」
「ホテルを用意させて貰ったよ。暫く大人しくしてくれないか」
‥‥‥嫌な予感って、どうしてこうも当たるんだろう。
「‥‥‥どういう、意味ですか?」
声が、震える。
社長の手招きに応じ、デスクの上に開かれた雑誌を見た。
『熱愛&同棲発覚!!
流山詩紋(25) & 桜井恋(25)
共演者が育てた恋』
見開きのページ上半分に大きく飾られる、二人の写真。
荷物を持った詩紋くんと、隣で玄関の鍵を開けている私。
「あ‥‥‥」
同時に、頭の中で
昔の記事が蘇る。
「松本君に確認したが、同棲は事実だそうじゃないか」
社長が眉を寄せる前で、松本さんが頭を下げる。
「申し訳ありません。私の独断で、二人に口止めをしておりました」
「まっ、松本さんは悪くありません!私が松本さんにお願いしたんです!」
それは事実だ。
過去のトラウマは未だ消えず、そんな私を詩紋くんも松本さんも受け入れてくれた。
社長にも黙ってて、と言った私を。
怖かった。
知られてしまえばもう、一緒に居られなくなる、気がして───。
「今更、責任の所在を追及する暇はないだろう。桜井さん、それは君が一番理解している筈だ」
「‥‥‥はい」
「今の君達は売り出し中の大切な商品だ。特に君は一度世間を騒がせている。あの時に、これ以上イメージを壊さないと約束してくれたね?」
「‥‥‥‥はい」
───スキャンダルは二度と起こさないこと。
次はない、と。
芸能界を諦めかけた私を救い上げてくれた時、社長と約束をした。
「口を挟みますが社長、恋と詩紋君は真剣です。私から見ても互いの仕事にプラスになりこそすれ、決して悪影響は」
「松本君」
松本さん‥‥。
「仕事への影響はどうでも良いんだよ。これは商品価値の問題だ」
「ですが、彼女達の恋愛を否定する権利は誰にもないでしょう!」
「君はこの世界に何年居るんだ?」
「松本さん‥‥‥もういいよ」
ぐ、と押し黙る松本さんに申し訳なくて、その腕を掴んだ。
今回、社長の言葉を忘れていたとは言わない。
知らなかったなんて言わない。
知ってて、それでも無視したのは私。
「幸いドラマの撮影は延期して貰えるらしい。暫く一人で考えなさい」
男を取るか、この世界を取るか。
静かに社長が続ける。
「‥‥‥はい」
「流山君にも同じ事を伝えておこう。松本君、彼女を送ってやってくれ」
ぱたり。
音を立てて閉じられたドア。
それは同時に、今までの生活も変わる音だと、感じた。
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