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失うことを、恐れている。
手に入れる事をもっと恐れていた。
守りたかったのは、夢のように幸せな日々。
「詩紋くん、仕事の時間だよ。もう起きて?」
「‥‥ん〜‥もうちょっと‥‥」
詩紋くんは、シーツにくるまったまま眠そうに眼を擦った。
カーテンの隙間から入る朝日。
そんな彼の柔らかな髪をキラキラと照らしている。
‥‥可愛い。
可愛くて、でも格好いい人。
優しすぎるほど優しくて、だけど時々甘えてくる人。
「‥‥詩紋くんはこんなに素敵なのに、私でいいのかな。なんてね、たまーに思うんだよ?」
なんてね。
起きてるときは絶対に、言えないけど。
詩紋くん怒っちゃうから。
「詩紋くーん!起きてっ」
仕方ないよね、ここ最近仕事漬けだったから。
昨日も確か連ドラの撮影で帰ってきたのは深夜だったし、疲れてるよね‥‥。
この眠りを守ってあげたいけど、そうはいかないもの。
もう一度、揺さぶって起こしてみる。
「‥‥‥」
「もう、今日から地方ロケなんでしょ?杉田監督は時間に厳しいから、結構うるさ」
「‥‥して」
眠そうな声に詩紋くんの顔を見る。
柔らかな空気の中、とろんと開いた瞳が私を捉えていた。
「恋がキスしてくれたら、起きるよ?」
「っ!な、な‥‥」
「寝顔にちゅーってしてくれないの?さっきから待ってたんだけどなぁ‥‥」
「もうっ!起きてたの!?」
「夢だったのに」
慌てた私に触れるだけのキスをしてから起き上がる。
詩紋くんに、眠そうな空気は残っていなかった。
「おはよう、恋」
「‥‥‥おはよ」
「時間があったら恋にお仕置きしたのに。残念」
一緒に住んで半年以上経っても。
そう言って爽やかに浮かべる笑顔に、私は何度でもときめいてしまう。
何度も、好きだと思ってしまう。
「君じゃないとダメなの。わかった?」
「う、うん」
‥‥色褪せる日なんて想像つかない。
「カット!はいOK!」
「お疲れ様でーす」
張りのある監督の声。
スタジオに響く合図を聞いてから、私は相手役の俳優さんから一歩離れた。
今日の撮影はこれで終わり。
ふぅと身体の緊張が解れた私に、たった今まで恋人役を演じていた先輩の俳優さんが笑いかけた。
「恋ちゃん。最近の演技いい感じじゃん」
「ほ、本当ですか?」
「本当。この前監督も言ってたけど。今日なんか俺、思わず引きずられたし」
「──あっ、ありがとうございます!これからも頑張ります!」
「ははは、気合入ってるねぇ」
うわぁ、この人に初めて褒められちゃった。
相手は十歳からキャリアを積んできたベテラン俳優。
それに引き換え、私はまだ新人に毛が生えた程度のひよっこだ。
恋人役に抜擢された私はせめて足を引っ張らないように、と必死で頑張ったから、もう本当に嬉しい。
これは絶対に、帰ったら詩紋くんに報告しよう。
舞い上がる気持ちを抑えきれないまま皆に挨拶を済ませ、スタジオを後にした。
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