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松本さんに?
顔を上げた私に、目で頷く。









───泣いてるあの子に『芸能界で生きて居たいなら強くなれ』と俺が言ったらさ、すぐに顔を上げて涙を拭いた


───あの後ファンレターが殺到してね。あの子は一つ一つ丁寧に読みながら、ありがとう、強くなるからと何度も言ってたよ








「‥‥恋が最後に選ぶのは君じゃなくて芸能界とファンだろう。それでもいいのかって聞かれた」

「っ!!それは‥‥‥」



否定出来ない。

今ここで否定しなきゃ、詩紋くんを選ぶよって言わなきゃならないのに。
彼が大切だ。
でも唯一だと言えない。大切なものが私には多すぎる。

それでも嘘を吐いて「あなたを選ぶ」って言えるほど軽い心じゃない。



「‥‥ごめ、‥いっ!?」



ごめん、そう言い掛けた私の額に落ちたのは、軽い拳骨。



「だから恋は馬鹿だと言ったんだ」



げ、拳骨?



「へ?‥‥詩紋くん?」

「それでいいって前も言ったのに。ずっと何処かで気にしてたんだよね、恋は」

「だって私の一番は‥‥うぷっ!?」



詩紋くんに抱えられ、乱暴に手のひらで唇が塞がれる。



「もういいって。僕が言いたかったのは、あの日は悔しかったってこと!」

「‥‥ふぇ?」



悔しかった?何にだろう。
唇は大きな手で動かせないので代わりに視線で問うと、彼はふいと目を逸らした。
珍しく怒っているようだけれど、よく見ると耳が仄かに赤い。



「悔しかったんだよ!慰める事も出来なかった臆病な僕も!松本さんを見つけて安心した君にも!君の涙を拭いてやれた松本さんにも!」

「‥しふぉんひゅん?」

「擽ったいから喋らないで」



いいね?と怖い顔で睨まれてこくこくと頷く。
溜め息を吐きながら詩紋くんが手を離してくれると、私は彼の顔をじっと見つめた。


‥‥‥真っ赤だ。可愛い。


今ここで真面目な話をしているのに。キュンと疼く胸の存在を知られれば、きっと呆れられてしまうだろう。

だけど、ときめくのだ。

「調子狂うなぁ、もう」と照れながらぼやく詩紋くんが、新鮮で。



「‥‥と、とにかく!僕はあの日、名前も知らない子に一目惚れした。そして次の日にテレビを見て、あの子が桜井恋だって知った」

「‥‥‥うん」

「どんな想いであそこに立っていたのか‥‥想像しただけで、悔しかったんだ。どうしてあの時僕は見ているだけだったんだろう。恋の涙が綺麗だと思っているだけで、その苦しみをただ見ているだけでしかなかった」

「‥‥うん」

「頭では仕方ないって解ってた。他人にいきなり声をかけられても警戒させるだけだしね。でも」



一度堰を切ってしまえば、本当の本音は止まることなく零れ落ちる。



「君の肩を抱いた松本さんが羨ましいと思った。あれから毎年、ツリーを見上げる横顔に話しかける勇気は持てなかったけど。いつか、君を笑顔にさせるのは僕でありたいと‥‥‥名前も知らなかったのにそう願って、僕はここにいるんだ」





声をかけるのは、君と同じ位置に着いてからって、決めてたんだ。






格好悪くて、情けなくいから言いたくなかった、と。
私を困らせたくなかった、と苦笑いしながら。

絶対に言えないと、ずっとしまい込んでた本音だと告げてくれた。




「そう云う訳で、僕の気持ちは重いんだよ。怖がらせたならごめん」

「怖がってないよ。嬉しい‥‥」

「え?」

「ありがとう。見ててくれて」



──詩紋くん。


ずっと、ずっと見守っててくれた。
小さな「私」を、ずっと。


込みあがる想いに、私を包むしなやかな身体を強く、抱きしめた。



「傍にいて」

「‥‥っ、傍に居るよ、恋」



その言葉が、彼にどれだけのものを犠牲にさせるか。
私は彼を選ばないと言いながら、彼には私を選ばせる。
それがどんなに卑怯か十分に理解しながら―――それでも、言わずにいられなかった。



「‥やっと、君を捕まえたなぁって実感する」

「ええ?それって何か怖いなぁ」

「あはは、怖いかもねー。僕ってしつこいし」

「‥‥‥詩紋くんが言うと冗談に聞こえないんだけど」

「冗談なんかじゃないからね」



好きになった相手が、ずっと前から、自分を想ってくれた。
それが、最高に幸せだと。そう思えるから。



「‥‥‥恋」



彼の唇から零れる自分の名前。
初めて顔を合わせたあの日から、何故か特別なものに聞こえていた。
それは、ずっと甘さと切なさを込めて呼んでくれていたからだろうか。



「僕は離れていかないから、安心してね。もう、君は一人にならない」



頬を撫でる手の優しい動きに、うっとりとしながら目を閉じた。





それから暫く、言葉の必要としない時間を分け合って。
メリークリスマスって言い忘れていたと気づくのは、25日の半分が過ぎた頃だった。











というわけで遅くなったけどメリークリスマス!

クリスマスは過ぎたんですが、この話にクリスマスネタは外せないのであっぷしました。





 
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