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腕の中に収まって冷えた身体にじんわり熱が伝わってきた頃、エアコンによって部屋も丁度良く温まってきた。
それでもお互いに離れない。
触れた体温も、大人テイストの香水も、心地好すぎて離れられなくて。
そっと、堅く無駄の無い胸に耳を寄せる。
「ドキドキしてる、詩紋くん」
「そりゃぁね。好きな娘に触れられてるから」
「‥‥‥一緒に住んでるのに?」
「関係ないよ。だって、ずっと好きだったんだから」
「‥‥‥ずっと?」
「うん」
「ずっと、っていつからなんだろう」
「え?」
いつもなら照れてしまう。
そんな私が今日は聞き返したのが意外だったらしく、空色の目を丸くした。
ずっと片思いをしていた、って前も言ってた。
ファンとしてではなく、「私」を知っているかのような口調にあの時も疑問を浮かべたんだ。
「うーん、そうだなぁ‥‥‥まぁ、後で話するって言ったしね。長くなるけどいい?」
「う、うん」
「このまま、聞いて。傷つけたくない」
長くなるなら、この体勢は詩紋くんがしんどいだろう。
だから降りようとしたけれど、彼の腕が私の肩を引き寄せて未遂に終わった。
「去年もあの場所で会ったよね」
「あ、うん、そうだね。詩紋くんに会うと思ってなかったから驚いたもの」
一年前、それまでただの「共演者」だった人が一日で位置を変えた。
共演者から友人のような存在に。
それは甘さを秘めていて、だから私は「友人」であろうと敢えて彼のポジションを決めていたのかも知れない。
いつからか惹かれていたのだと、認めたくなかったから。
「‥‥‥僕は最初から知ってたんだよ。イブの夜に、恋があの場所に来ること」
「‥‥‥‥え?どうして‥」
「ああ、安心してね。情報が回ってるとかはないから。多分知ってるのは僕だけだと思う」
「‥‥‥」
「偶然君を見たのは、18歳のイブだったんだ」
「‥‥‥‥そ、っか」
一瞬、息を呑む。
この先の言葉がなんとなく想像出来た私は、目を閉じて腕の中に凭れた。
18歳のイブの夜。
それは私にとって悲しい思い出の。
「アルバイトの帰りで深夜だった。折角のクリスマスだし夜景でも見て帰ろうって思って、寄り道して」
「‥‥‥」
「人ごみの中、気配を殺して泣いてる女の子を見かけた。誰にも気づかれないように、ひっそりとツリーを見上げて泣いてたんだ」
詩紋くんの声のトーンが落ちる。
そして私の背を、労わる様に撫でる。
「帽子に半分隠れた横顔が綺麗で、何処かで見た子だなって思った‥‥けど、その時は思い出せなくて。僕はその子に声をかけることも出来なかった」
「‥‥‥」
鮮やかに蘇る。
あの日、大失恋したことを。
真剣に恋をした。
事務所に反対されても尚、この世界に居られなくなっても構わないと思ってしまったほど、「彼」が好きだった。
彼もまた愛してくれていると思っていた。
‥‥それは、幼い幻想でしかなかったけれど。
当時アイドルグループに在籍していた私にとって、致命傷でもあった恋の果て。
もう無理だと、立ち直れないと、泣いた夜。
「‥‥暫くしてその子は、迎えに来た男の人と帰って行った。今思えばあれは松本さんだったんだね」
「‥‥‥松本さん、あの日から正式なマネージャーになってくれたの」
「うん‥‥次の日になってテレビ見て分かった」
「そっか。随分お騒がせしたもんね」
「‥‥嫌な言い方して、ごめんね」
次の日、と言えばワイドショーで抜かれた日だ。
当時はかなりお騒がせしたんだと思う。
「どうして?事実じゃない。清純派アイドルが実は婚約者のいる男と密会してました、なんて格好のネタだもん。迷惑かけた、って自覚してる」
「でも‥‥恋は立派だったよ」
「あれね、カメラの前で泣くのは卑怯だと思ったの」
無言を貫けと言う事務所の意向とは正反対に、松本さんのアドバイスで後日記者会見を開いてもらった。
潔く事を認めた私に、世間は一応静まったと思う。
世の中って何が正しいか分からない。
結局「彼女」の元へ帰っていった男に捨てられた私は、あの記者会見のお陰で今でも芸能界にいられるんだから。
あの時逃げていたら、ここに居なかっただろう。
「‥‥松本さんにこの前、恋との事を報告した時に教えてもらったんだ」
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