(4/5)





「詩紋くん!どうし───ひゃっ!?」

「恋」



玄関を開けた瞬間、腕を引っ張られて。
ぎゅう‥っと抱き締められながら、攫うように玄関の中に押し込まれてしまった。



「‥詩紋く、ん‥、苦しっ」

「だーめ。素直じゃない恋にお仕置きだから」



今度は機械越しじゃない、耳元で囁かれる声音。
クスクス笑いながら、それでも少しだけ力を抜いてくれた。


‥‥こうやって抱き締めて貰える夢を、何度見たかな。



「逢いたかった‥‥僕の、恋」

「‥‥詩紋くん」

「あーあ、こんなに泣いて。恋は素直じゃないね」



詩紋くんは私の頬を両手で挟んで、顔を近づけた。

さっき袖でごしごし擦った目に、暖かい物が触れる。

瞼に、目尻に、頬に‥‥‥キスの雨。



「‥‥やだ、くすぐったいよっ」

「逃げないでね。これもお仕置きなんだもん」

「お、おお仕置きって‥!」

「‥‥ほんと、一人で泣かないで。僕がいるのに」












───僕は本気です、桜井さんを全力で守ります。ってさ


───だから僕の居ない所で泣いてたら教えて欲しい、だって。若いっていいねぇ











夕方の、松本さんの言葉が甦る。

頬に添えられた詩紋くんの手に、私の手のひらを重ねて、愛しい綺麗な眼を見つめる。



「ね、詩紋くん。松本さんにどうして、言ったの?」



反対されるかもしれないのに。

内緒で付き合おうと思えば不可能じゃないんだよ。


むしろ、詩紋くんは今、超売れっ子のモデルで。
事務所から見てスキャンダルには、私以上に敏感になっている筈なんだ。



「どうしてって?簡単な事だよ、味方は必要だと思ったから」

「味方って‥!!松本さんはマネージャーだよ?事務所の人間で‥‥」

「うん。でも、事務所より恋の味方なんだと思ってた」



それは恋が一番知ってるよね?


そう聞かれて俯いた。
うん、わかってる。
一番辛かった時、松本さんは味方でいてくれたんだから。



「僕は恋がいれば何もいらないんだよ」



‥‥‥そんな事言っちゃダメだよ。



相変わらず頬に当てたままの詩紋くんの手は暖かくて、熱くて。
だから、尚更気付かせてくれる。

詩紋くんは全部知っているんだと。

松本さんから聞いたのかもしれないし、違うかも知れないけど。
だからこそ、マネージャーと知りつつも「味方」になると思ったの?



「‥‥‥あのね」

「ん?」

「私、詩紋くんが好きなの。大好きなの」

「うん、僕も君が好きだよ。誰よりも」

「でもね‥‥仕事は私の生き甲斐なんだ」

「‥‥知ってる。見てたから」



詩紋くんは私の言葉を聞いて、小さく笑う。
たまに見せる切なそうな笑顔に、胸がきりりと痛んだ。

ちゃんと伝わってほしい。

緊張をほぐす為に息を大きく吸うと、詩紋くんの眼を真っ直ぐ見た。
綺麗なブルーが私を映す。
もしかすると、今から私が傷つけるんだと思うと、心が苦しい。



「私、きっと芸能界を捨てられない。他に生きる道なんて考えられない」

「うん」

「きっと‥‥詩紋くんの望む未来は、私じゃ叶えられないと思う」



もしも、詩紋くんが私に望むのが、専業主婦だったら。
もしも、それを望んで今付き合ってくれているのだとしたら。

私はそれを受けることは出来ない。

例えどんなに彼が好きでも、愛してても、きっと。


だから、電話もしなかった。

これ以上好きになるのが怖いんだよ、私は。



「つまり、恋にとってもう僕は要らないってこと?好きだけど別れたいって?」

「‥!そうじゃなくてっ‥」

「『そうじゃなくて』?恋は僕の望みを知ってるんだ?」



静かな瞳が怖くて俯く。
けれどすぐに顎を掴まれて、視線を合わせられてしまった。







BACK 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -