(3/5)
玄関は、やっぱり暗い。
いつものようにライトを点けても。
家中を灯かりで満たしても、足りない明かり。
もう寂しいって思う気持ちは封印したはずだったのに、今私は寂しくて仕方ない。
何もする気がなくて、リビングのソファにダイブした。
ぼふっとクッションが跳ねて、うつ伏せた顔や手に布の感触。
いつからこんなに弱くなったのかな。
確かに私、昔はすごく寂しがりだった。
意味がよく分かってないのに芸能界に入って、よく分からないうちに私の所属したグループは人気が出て、ちやほやされるようになった。
苦労は?なんて聞かれたら「睡眠時間がない事」って平然と答えるほど、苦労を知らないでいた。
ほんとはね、寂しい事が一番辛かったのに。
一度は満たされた愛しさも心の隙間も。離れてしまうとその倍、苦しいんだ。
朝起きて、泣くの。
逢いたいって泣いて、寂しいって泣いて。
与えられた温もりでは足りなくなって、私はそれに縋りつく。
もし、普通に私がOLやってたら。
それで良かったのかも知れないけれど。
「私」は‥‥。
‥‥‥逢いたいよ。
声が聞きたい。話したい。
そのままソファに埋もれて眠ろうか、と思った時だった。
静まり返った空間に響く、振動。
鞄の中でマナーモードにしていた携帯が鳴っている。
誰だろう?
‥‥ディスプレイを見て、心臓が飛び跳ねるかと思った。
「は、はいっ!」
『こんばんは』
「こ、んばんは!詩紋くんとお話しするの、何だか久し振りだね」
努めて明るい声を出す。
空元気が何だ、心配させるよりずっといい。
「あ、そうそう!いつも電話出来なくてごめんね!ずっとずっと電話したかったんだけど、忙しくって」
『ちゃんと分かってるよ。お疲れ様』
「‥‥っ、‥で、でも毎日あの、留守電聞いてたよ!」
『うん』
静かな返事。
私からかけない電話を責めたりしなくて、ただ受け止めてくれる。
バカだよ詩紋くん。
そんな優しい声聞いたら私、泣きそうになるよ。
「‥‥いつも仕事から帰って来て、詩紋くんの「お疲れ様」を、聞いてね」
『うん』
「毎日それで、い、いちにちが終わっ‥‥たって、思‥‥っ」
唇が震えて言葉が出なくなった。
おかしい。
眼からぼたぼたと溢れるものが一杯なのに、口から何にも出てこない。
──ああ、手で嗚咽が漏れるのを押さえてるからなんだ。
『ねぇ、恋』
爆発するのを必死に堪える私に、電話越しに至極穏やかな声が降る。
まるで、囁きかけるように。
「‥ん、何?」
『僕に逢えなくて、寂しい?』
「っ!?」
───この人は反則だ。
寂しい?って、そんなの聞かれたら。
「‥‥だ、いじょうぶっ」
『強がらなくていいから。恋の本心を教えて』
寂しいって言ったらもう、ブレーキが効かなくなるの。
きっとあなたに縋って、あなた無しでいられなくなって。
最後には一緒にいられなくなる。
ねぇ、離れてても好きでいるから。他の人なんて見ないから。
忙しいからたまにしか逢えないけど、その時は一杯一杯抱き締めて。
私もそのときには目一杯甘えて、そして明日から頑張るよ。
それじゃダメなの?
そう‥‥頭の中で、ずっと言おうと用意していた言葉が回っていて。
なのに。
「‥‥‥詩紋くんに、逢いたいっ‥」
電話越しとは言え久々の詩紋くんとの会話が、いとも簡単に本音を紡ぎ出す。
「ホント‥は、今すぐ逢いっ‥‥‥!!」
『‥‥良かった。じゃぁ今すぐ逢おうよ』
「‥‥‥‥‥‥へ?」
『鍵開けてくれるかな?今、ドアの前なんだ』
「‥‥へ?‥って、えええっ!?」
な、なんて言ったの詩紋くん?
< >
BACK