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深夜0時。
ノブを回したらドアの向こうは当然真っ暗。
身体が覚えこんだ位置にある玄関のライトを付ければ、そこだけ明るくなってホッと息を吐いて。
チカチカと視界の端で電話のライト。
赤く光るボタンを押す。
『詩紋です。遅くまでお疲れ様。あまり無理しないで、疲れたときは呼んでね。えーと、うん‥‥‥おやすみ』
静かな、でも少し甘い声にホッと息を吐いたのと同時に、ピー、と終了を告げる音が鳴って声の余韻が消えた。
もう一度。再生を押そうとした指は、無機質なボタンを押す前に止まる。
「‥‥ごめんね」
最近仕事が忙しくて、充実して、楽しくて。
気がつけば、二ヶ月間も受話器越しの優しさしか知らない。
ディスプレイには『22時38分』と、この留守電が二時間前のものだと表示している。
流石にもう、電話かけ直せない時間だと諦めた。
「おやすみ‥詩紋くん」
呟きは小さくて。
お互い忙しくて会えない日々が続いて、二ヶ月。
私から電話の出来ない夜はもう‥‥二週間。
デビューの時に上京して10年近い私は、一人暮らしも随分長い。
一人なのは慣れているはずなのに。
どうせ仕事に追われて、寝る為だけに帰ってる場所なのに。
最近どうしてか広く感じる我が家。
自分の空間だったのに広くて、落ち着かない。
‥‥‥足りないものは、分かってる。
それを望むことなんて許されないとも、ちゃんと。
「はいOK!おっ疲れさーん!」
「凄いじゃない、一発OK!」
「あはは、必死だから」
メイク係の池山さんが頭を撫でてくれたので、つい笑う。
ドラマの主演を貰った私が、真っ先に引っ張ったのが池山さん。
もともとフリーのスタイリストで、しかも売れっ子。
だからお願いするのも気が引けたけれど、「恋の安らぎの為に一肌脱ぎましょう」と二つ返事で引き受けてくれた。
実際、助かるのだ。
腕は勿論のこと正確も気さくでハキハキしていて、デビューした時からの付き合いだから落ち着く。
収録前だから、その「落ち着く」時間は殊の外貴重だった。
「恋!次のシーンは午後からだよー!」
「はい!」
上機嫌の監督に返事をすれば、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「じゃぁ恋も仮眠したら?メイクは後で直してあげるから」
「うん。そうするね」
池山さんの言葉に、マネージャーの松本さんも「この所休む間もないからねー」と賛同してくれたので、好意を有り難く受け取ることにする。
スタジオを後にし楽屋に着いてすぐ、衣装の上着を皺にならない様ハンガーにかけて、ソファに座った。
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