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皆揃った所で、詩紋くんお手製のケーキを食べた。
それから、可愛い女の子との「女優ごっこ」に付き合って。
生き生きしている笑顔に私が元気を貰った。
演技したのが何故か火曜サスペンスで、四歳とは思えない絶妙なチョイス。
けれど犯人役の私が笑う訳に行かず。
事件の謎を解く家政婦役のゆきちゃんに向き合いながら、死体役の天真さんが「なんで俺が‥‥」と小声で嘆くのにも必死に堪えた。
刑事役の詩紋くんがずっとクスクス笑っているから笑っていても良かったんだけど、一応は職業柄真面目に演じた。
楽しいと、時間はあっという間に過ぎる。
予め夕食は遠慮していた私達が、重い腰を上げたのは夕方だった。
詩紋くんに続いて靴を履いた私の肩が、トン、と叩かれる。
え?と振り向いた私の耳に顔を近づけたのは、あかねちゃん。
「恋ちゃん、詩紋くんをよろしくね」
「え‥?うん」
「ああ見えてとても不器用な人だから、ちゃんと見てあげて?」
‥‥‥小声で、そっと。
他の誰にも聞き取れない囁き。
「恋ちゃん?行こう」
「あ、はい!じゃぁ、お邪魔しました!」
「‥‥ああ」
「気をつけてね」
「また来いよな、恋も」
「天真くん?僕の彼女を気安く呼ばないでよ」
「煩せぇっ」
「恋ちゃん、またあそぼうね?」
「うん、ありがとう」
約束、と言って絡めた小指の小ささに、少し泣きそうになった。
雨粒が窓を打ち付ける。
「ごめんね」
「え、何が?」
車を発進してすぐの台詞に首を傾げる。
ハンドルを握る顔が、少し翳っていた。
「今日は無理して付き合わせたよね。ごめん」
「そんな事ないって。楽しかったよ、凄く」
「うん‥」
力一杯否定する。
そっと詩紋くんは寂しそうに笑った。
ああ、まただ。
その顔、見てると私は苦しくなる。
「台本読んでていい?」
「勿論」
快諾を貰ったので、アタッシュケースから出した分厚い本を捲った。
没頭して、心に浮かんでは消える感情を消してしまいたい。
───ああ見えてとても不器用な人だから、ちゃんと見てあげて───
思えば私、詩紋くんの事を何も知らない。
誕生日も当日に知ったし。
彼が何処に住んでいたのか、家族とか、出身校とか。
付き合った時間は短いけれど、出会ってから二年経っているのに。
目の前にいる彼の、見える所しか知らなかった。
だから、なのかな?
今日、嬉しかったのと同時に
暗い感情に囚われそうになったの。
流れる高速道路のオレンジの光を数えながら、
ぼんやりとそんな事を思った。
「‥‥さっきから同じページのままだね」
「‥‥‥ん」
けれど、知りたいのだろうか。
私は彼の事を、知りたい?
彼がどんな風に成長してきたか。
何が好きだったか。
音楽は?スポーツは?
好きな女の子はいたのか。
彼女は‥‥。
「恋ちゃん?」
それを全部、聞きたいのか。
胸に静かに問いかける。
「どうしたの、恋ちゃん!」
がくん、と身体が前後に揺れて驚いた。
窓の外では、オレンジの行列が止まっている。
どうやらパーキングエリアで駐車したらしい。
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