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図らずも、玄関で恥ずかしいシーンをお見せしてしまった。


リビングのソファに勧められるまま座り、俯く。
穴があったら喜んで入りたい。
いっそ穴を掘りたい。
今なら温泉も掘り起こせそうだよ。

‥‥これが仕事の時なら、誰が見ててもラブシーンを演じられるのに。



「さっきは取り乱してごめんね。私は森村蘭。で、こっちの強面が兄の天真。ほら、お兄ちゃんも謝ってよ!」

「強面じゃねぇ!‥‥っと、さっきはごめんな?」

「あ、いえ‥」

「怒ってたんじゃないからな!さっきのは 「大ファンの恋ちゃんを取られて悔しかったんだよね〜?」 「ばっ!馬鹿!言うんじゃねぇ蘭!!」



‥‥いいな、兄妹って。

内容は早口過ぎて聞けなかったけれど、どう見ても仲良くじゃれている二人が微笑ましい。
我慢出来なくて、声を出して笑ってしまった。



「ふふっ。びっくりしたでしょ?いつもこんな感じなの。ごめんね」

「詩紋は慣れているが、初対面の者には不快に思うだろう」



まだじゃれている二人を余所に自己紹介を始めたあかねちゃんと泰明さんが、その後頭を下げた。
この夫婦もまた、暖かく微笑う。



「あ、気にしないで下さい。ちょっと嬉しくなっただけですから」

「「嬉しい?」」



夫婦でぴったり息が合う。
いいな、こんな空気。



「はい。詩紋くんの大切な人達に会える事ができて、‥‥‥会わせて貰えて、私は嬉しいです」



最初から賑やかで、真っ直ぐで、裏表なく笑う人達。
彼が太陽みたいに笑える、その根本の存在。

ほんの少しの嫉妬は、否定できないけれど。



「‥‥‥」

「‥‥‥」



しん、と静まり返った室内。
気付けば森村兄妹までぴたりと動きを止めて、こっちを見ている。

私、変な事言った?



「‥‥し、詩紋くん」



隣の詩紋くんと眼が合った瞬間、視線を横へ逸らされた。
けれど耳が仄かに赤い。



「‥‥ちゃんと、想われていたんだ‥」

「へ?」



その声は小さくて聞き取れなかったけど。
ふ、と緩んだ表情を見て、胸が痛みを訴える。

ああ。この顔、大好きだな。


初めて、目の前にいるこの人を愛しいと思った。
 
好きとはまた違う「愛しさ」。
守ってあげたい。
優しくしてあげたい。そんな風に。



「‥‥良かった」



その声に釣られ顔を上げれば、あかねちゃんと泰明さんがホッとしたように笑っていた。
蘭ちゃんも同じ様に笑っている。
「あーあ、やってらんねぇ」と頭を掻く天真さんも、眼がさっきより優しい気がする。

誰一人、からかうようなそんな笑い方じゃなくて。


‥‥ああ、そうか。

詩紋くんは、愛されているんだね。


この空気に馴染めなくて、口を開こうとしたその時だった。
かちゃり、とリビングのドアが開く。



「ん〜‥‥おはよ」

「あ、起きてきたんだ?おはよう。恋ちゃん、娘のゆきって言うの」



現れたのは可愛らしい女の子。
詩紋くんから事前に聞いていた話だと、確か四歳のゆきちゃん。



「初めまして、ゆきちゃん?桜井恋です」

「え?‥‥‥え?恋ちゃん?」

「うん」

「うわぁっ!!テレビの恋ちゃん!?ほんとっ!?」

「うん。テレビにも出てるよ」



ゆきちゃんは握手をしたまま「うわぁ‥」と口を開けたまま。
どうしよう。この子、すっごく可愛い。
こんな可愛い子に喜ばれるなら、テレビに出てて良かったな。と、つくづく思った。



「ほんものだあ‥‥かわいい‥」

「でしょ?テレビで見るより可愛いよねー?」

「お母さんもいっしょのいけんだね!てんまおじちゃんもメロメロだった?」

「うん、メロメロすぎて恋ちゃんが怖がってたよ」

「もう!オンナゴコロがわからないんだから、あの人は」

「おい!あかねもゆきも勝手な事言うな!」



可愛いな、この二人。
母娘と言うよりは、友達の会話みたいで聞いてて面白い。

同時に浮かんだ小さな寂しさ。
目隠しを決め込んで、私も一緒に笑った。





 


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