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車を降りたら、頬に当たる冷たさに少し驚いた。
空を見上げれば、ぽつぽつと降る雫。
曇り空から丸い雫が落ちている景色がキレイ。
見惚れていたら、不意に視界が青に染まった。
「濡れるよ」
「‥ありがと‥?」
「あはは、疑問系なんだ」
青い傘は、太陽みたいな彼に良く似合っている。
ゆるゆると、気持ちをほぐしてくれる所とか。
傘の青も、花壇に咲いている紫陽花の色も、優しい笑顔と同じくらい温かいと訴えていた。
車を駐車場に停め、マンションの中へ。
エレベーターの中でボタンを押す詩紋くんの指が綺麗。
「そうだ、僕まだ言ってなかった」
「うん?大切な人達に挨拶しに行くんでしょ?ちゃんと聞いてるよ」
旅行ついでと言うか、旅行がついでなんだと思うけど。
嵐山の麓の町に住む詩紋くんの友達を訪ねたいと誘われた事はちゃんと覚えている。
誘われた時はとても嬉しかったから。
「じゃなくて、僕の本音」
「本音?」
「うん。本当はね‥‥」
開いた口から言葉が落ちきる前に、エレベーターが開く。
開いた瞬間、眼が点になってしまった。
「わーっ!本物ー!!」
「!?」
「ちょっとあかね落ち着きなさいよ!びっくりしてるでしょ!?でも可愛いっ!」
「でしょーっ!?テレビで見るより可愛いーーっ!」
「え?え?あの」
どうすればいいんだろう。
頭がフリーズして助けを求めて振り返る。
詩紋くんは今にも吹き出しそうなのを堪えてるように見える。
‥‥意地悪。
「恋ちゃん初めましてー。詩紋から聞いてこの日が来るのを楽しみにしてたの」
「えと、はい。初めまして」
「あ、蘭ってばズルイ!初めまして恋ちゃん。無理矢理呼んじゃってごめんね。どうしても会いたくて!」
‥‥私、とんでもないところに来てしまったんだろうか。
いきなり綺麗な二人の女の人に腕を掴まれて、ずるずると連行されてゆく。
驚く私に、彼女達はとても温かく笑ってくれる。
そこにあるのは所謂芸能界の中の、女の争いじゃなくて。
柔らかい空気に慣れてない私は、ただ大人しく開かれた玄関の中に足を進めた。
試練?はまだ続くのか、玄関で急かされるまま靴を脱いだ時、ドタドタとこちらに向かってくる足音。
「マジ!?本物じゃねぇかよ!」
「えええと。初めまして、桜井恋です‥」
「‥‥‥っ、マジかよ‥‥」
男の人が走ってきたので挨拶したら、何故か頭を抱えて座り込んだ。
どうしたのかな。と、思う間もなく今度は急に立ち上がって、私の両肩をぎゅっと掴む。
あ、この人も恰好いい。
類は友を呼ぶのかな。
「本気で詩紋と付き合ってんのか!?」
「い。いきなり何ですかっ!?」
唐突の怒り口調に少しムッとした。
これは、試されてるのか。
私が詩紋くんと釣り合うかどうか。
だとしたら私の答え方は不合格じゃないだろうか。
それは、困る。
「え、と‥」
真剣な眼が更に強くなる。
‥‥‥怒鳴られそうで、怖い。
身を竦めた瞬間、男の人の肩越しに声が聞こえた。
「天真、その辺にしろ。嵐が来る」
「は?嵐?」
単調で穏やかな声。
なのに、無視できない声。
「‥‥‥」
肩越しに見えたその男性も、びっくりする位綺麗な顔をしていた。
職場でもなかなか見られないような、美形。
その声に反応して慌てて離れる彼は、てんまという名前らしい。
「‥そう、恋ちゃんに触れないで貰えるかな」
「‥‥げっ、悪かった!」
ホッとしたら今度は、後ろに肩を引かれた。
「本気だよ、天真くん。僕は本気で付き合っている」
「詩紋くん‥」
「恋ちゃんも、きっと本気だと思う」
後ろから包まれる腕に熱を感じて。
やや不安げな口調が、胸に切なく響いて。
「‥‥私も、本気だよ」
恥ずかしいから小さく呟けば、更に腕の力が強くなった。
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