(2/5)

 


スタジオのセット撮影は順調に終わった。
後は山奥の館に籠もって撮影をするだけ。
と言ってもロケの方がメインで長いんだけど。

期間は約二ヶ月。


初めての長期のロケを明日に控えた私は、マネージャーの松本さんと久々に事務所に顔を出した。

明日の朝一番にロケバスに積む予定の、私や松本さんの荷物を預けるのと、後はスケジュールの最終確認に。



「久し振りねー、恋」

「元気だった?」

「元気よ。恋は明日からロケなんでしょ」

「うん。二ヶ月も山篭りしてると、ケーキとかプリンとか無性に食べたくなりそう。生クリームとかね、保存のきかないやつ」

「あはは、恋は好きだもんねぇ。まぁ我慢しなさい」

「はいはい」

「頑張ってね」



デビュー当時からお世話になっているスタッフの女性に励ますように肩を叩かれた。
「ありがとう!」と笑いながら手を振り、空いたソファに座る。


携帯を片手にバタバタと走っていった松本さんをのんびり待とう。
そう思いながら台本を広げた時だった。




「あれ?こんにちは」



自動ドアが開く音と同時に聞き覚えのある声が降ったのは。
お日様みたいな綺麗な色が、歩行に合わせてふわふわ揺れる。


私のスケジュールに合わせて、バレンタインの前後に、製菓番組の撮影を撮り溜めしているので、会うのは二ヶ月近く振り‥‥‥?



「‥こんにちは詩紋くん」

「珍しいね。僕、恋ちゃんが事務所に来てるの初めて見た」

「うん、半年振りだから。詩紋くんは?」

「僕はレッスンが終わったとこ。事務所は毎日通ってるよ」



この笑顔を見るのも久し振りだ。


でも、人をホッとさせる微笑みは変わらないはずなのに、今は私を落ち着かなくさせる。
それでもここは事務所。
内心の動揺は綺麗に隠して、何もなかったように話を続ける。



「仕事、慣れた?」

「だいぶね。恋ちゃんは明日からロケだっけ?」

「うん。初めてだから荷造りが大変だった」

「恋ちゃんらしいなぁ。‥‥‥頑張ってね。僕、応援しているから」

「‥‥ありがとう」




どうしよう。

まともに顔が見れない。



笑顔が眩しすぎて俯いた時、耳に入るドアの開く音。



「恋、悪い!まだ掛かりそうだ!」



松本さんがドアの隙間から上半身を覗かせている。
忙しそうなのも無理はない。
明日から暫く帰って来れないんだから。



「分かった。先に帰るね。あまり無理しないで」

「っと待って。タクシー呼ぶから」

「いいよ、一人で大丈夫だって」

「ダメ!また一人でフラフラするだろ、恋は」

「フラフラしないって。もう大人なんだけど」



めっ!と迫力なく睨みつける松本さんは何だかんだと心配性だ。

クリスマスの夜に「行方不明」だった事があって、帰宅した時松本さんから何度も留守電が入っていて。
随分心配かけたらしく、あれから少し口煩くなった。


‥‥なんて、クリスマスに一緒に居た「原因」を前に、そんなことを口が裂けても言えない。



「松本さん、僕で良ければ送りますよ?」

「ええっ!?」



あれこれと考えていた私の前で、当の本人はとんでもない事を言い出してる。




「丁度今帰るところだったんで」

「あー‥‥‥、じゃぁ送ってもらいなさい。詩紋くん、悪いけど頼んでいいかな?」

「はい」

「そ、そんなの悪いし、疲れてるでしょ?いいよ」

「大丈夫。車で来てるし、今日はもう予定ないし」



慌てているのは私一人で、二人はあっさり話を決めてしまった。

言いくるめられた気分の私は松本さんをじろっと睨む。



「詩紋くんなら安心だからね。恋の扱いに慣れているし」




今の私には安心じゃないんだってば!

いや、安心はするけれど、落ち着かないと言うか。
ああもう、どう説明すればいいんだろう。





「恋ちゃん、行こう?」

「‥‥うん」



頷いて、先に出た詩紋くんの後を追っていく他なかった。



‥‥前を歩く、背中。意外と筋肉が付いているんだ。
肩幅も私よりずっと広くて。

腕も手のひらだって大きい。

顔は綺麗なのに、この人は男の人なんだ‥‥。



ねぇ、私どうしちゃったの?

詩紋くんのこと、初めて知ったわけじゃないのに。

 



BACK 

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -