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掴まれた腕の熱。
少し擦れた声。
空色の眼を覆う睫毛が長くて、綺麗で‥‥。
『僕、もう遠慮はしないから‥‥‥覚悟、してね』
そして、ドキドキさせる台詞。
「‥っ!!あーーっ!もーうっ!」
思い出すたび本当は、心臓が壊れそうに煩い。
「あらやだ、急に叫んでどうしたの恋?」
「‥‥あっ、ママ‥」
撮影の合間に奇声を上げた私を、共演者の先輩女優が不思議そうに見ていた事に気付いて、恥ずかしさで固まった。
ママとは共演者の東條さんのこと。
もうすぐクランクインする映画で親娘を演じるので、役作りの一環で呼び合うことになったんだけど。
そんな呼び方が失礼なんじゃないかって思う位キレイで生き生きしてる人。
はい、と手渡してくれたのは紙コップで、湯気と紅茶の匂いがした。
「ありがとう。えーと‥‥何でもないです。ごめんなさい」
「あら、何でもない筈ないわよね?恋してる女の表情してるわよ」
「ぶっ!っ、ごほごほっ!!」
‥‥こ、恋って。
「いや、あの、そんなんじゃないですって!」
「うふふ。恋は隠し事が出来ない子ね」
「違っ」
「隠さないでいいのよ。私みたいな年寄りはね、ただ若い子の恋愛話を聞くのが好きなだけなのよ」
私の反論を全く取り合ってくれずに、ママはクスクス笑う。
「東條さん、次スタンバイお願いしまーす!」
「はーい!じゃぁまた後でゆっくり聞かせてね」
そしてスタッフに呼ばれて次の撮影の準備の為に、セットへ行ってしまった。
残された私は空いた片手で頬を押さえる。
「‥‥‥もう、ママのせいだからね」
───ううん、本当は詩紋くんのせいだ。
今、私の頬が紅茶の湯気ぐらいに熱を持っているのは。
あの時の言葉がずっとぐるぐる回っているのも、分かってる。
映画の仕事が始まってから一月半、そっちに専念しているのに‥‥‥まだ彼の声が残っている。
でも、その理由を今は考えたくなかった。
今は答えを出したくない。
来週から始まる映画のロケで、頭が一杯になるから。
‥‥‥‥‥多分。
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