(5/5)
あれから、プレゼントを買いに行きたかった私は
「流石に二人でいると人目に付くよ」
とやんわりと窘められ、ドライブをしながら帰路に付く。
仕方ない。
プレゼントはまた次の撮影の時に持っていこう。
マンションの下に送ってくれたのは、夕陽が丁度隠れた頃。
車を止めて、でもそのまま。
「少しだけ話、いい?」
「‥‥うん」
ハンドルに両腕を乗せて、その上に詩紋くんは顎を乗せた。
──逃げられない。
そんな圧迫感が場を占める。
「ガトーショコラ、凄く美味しかったよ。ありがとう」
「あっ!‥‥い、いえいえ、あれは先生の教えが良いからで!!」
「アレが僕だけの特別だったって、後から知った時も‥‥嬉しくて、堪らなかった」
「そそそんな、と特別ってそんな!確かに特別なんだけどアレはそのっ‥!」
「うん、分かってるよ」
本命とか恋愛とかそんな理由で渡してないから、重荷に取らないでいいんだよ。
大丈夫だからね。
それを皆まで言う前に、詩紋くんが遮った。
「恋ちゃんが感謝でくれたんだよね。ちゃんと分かってる」
「そ、そう」
詩紋くん、嫌な気分になってなくて良かった。
ホッとした私は詩紋くんに顔を向けて、───見てしまった。
こちらを真っ直ぐに見ているその眼が、何だか苦しそうなのを。
「嬉しかったけど、悔しかった」
「え?」
「このままじゃ、いつになってもスタートラインにすら立たせて貰えないんだって、悔しい位に実感したんだ」
「スタートライン?」
マラソンの話に変わったのだろうか?
でも今、特別がどうのこうのって‥‥?
「‥‥‥僕が好きになった娘は、とんでもなく大物なんだった事」
「す、好きな娘!?だったら私じゃなくてその娘に誕生日祝ってもら―――!」
さらっと好きな人がいるなんて言うもんだから、ただただ、びっくりして。
だったら私と一日いないほうが良かったんじゃないかと紡ぎだした言葉は、けれど最後まで紡がれる事はなく。
───狭い車内よりも、もっと視界が狭くなった。
「‥‥‥え、っ‥‥─?」
耳に掛かったのは、長い吐息。
どくんどくんと、顔を押し付けられた所から伝わるのは、大きく早い鼓動の音みたいで。
背中と頭に熱‥‥、は多分、腕なんだろう。
抱き締められているんだと、ようやく気付いた。
「‥‥詩紋くん‥?」
「誕生日は、君に居て欲しかった‥‥ずっとずっと何年も願って、君がオフだって聞いて夢見てるのかと思ったよ」
前にも抱き締められた事はある。
そのときと今は、なにが違うんだろう。
何が‥‥私をこんなに、ドキドキさせてるんだろう。
「いい口実が浮かばなかったから、強引に誘っちゃった。だから‥‥プレゼントはね、もう貰ったんだ」
大きく響く詩紋くんの鼓動が力強くて、
そっか、前みたいに包まれてるんじゃなくて‥‥‥男の人の力で抱き締められてるから。
だから、こんなに熱を感じて‥‥‥
もう凄く恥ずかしい。
「恋ちゃん」
「っ!?は、ははいっ!?」
思わず舌を噛んだら、プッと吹き出された。
仕方ないのに、恥ずかしいんだから。
と言うか、息が耳元に掛かってるんですけど!!
「僕、もう遠慮はしないから‥‥‥覚悟、してね」
あれからどうやって家まで帰ったのか。
気が付けば一人、ソファーに呆然と座っていた。
記憶にあるのは、お菓子よりも甘い笑顔。
アレは反則だ。
ときめかない人が居たら、私はその人を見に行きたい。
それからどうにか気持ちを落ち着かせるために、お風呂に。
ゆっくり浸かりながら眼を閉じて‥‥‥浮かぶ、詩紋くんの言葉たち。
「‥‥‥覚悟しろって‥‥撮影の時苛められる、とか‥‥?」
後に彼から「天然すぎる」とレッテルを貼られる事になる言葉は、この時は心底から思って生まれたものだった‥‥‥。
詩紋くん、誕生日おめでとう!!
20090225
<
BACK