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あれから暫く、波打ち際でぼんやりと海を見ていた。



十代の半ばで芸能界入りした私は、ありがたいことにずっと忙しくて。
それより小さい頃は海から遠い所に住んでいたから、ロケ以外で海に来た事なんて本当に皆無だった。


だから今ゆっくり眺めていると、身体に染み込んでいた疲れがじんわり癒されていくようで、嬉しい。



素直にそう言ったら、詩紋くんはこちらを向いて、優しく笑ってくれた。


それからまた黙って海を見て癒されていたけれど、二月の寒気が浮かれ気分より勝ったらしい。
くしゅん、と小さくくしゃみをしてしまった。



「冷えてきたし、ご飯食べてあったまろうよ。この先に美味しいお店があるんだ」
















車で五分くらい走ったところに、小さなカフェレストランが一軒。
店内は落ち着いた雰囲気で、とても静か。



「予約していた流山ですが」

「おっ、久しぶりだなー。今日は手伝ってくれるのか?」

「まさか!今日は僕、お客ですからね」



案内してくれるウェイターの後を歩きながら、首を傾げずにいられなかった。



「僕、この店で修行させて貰ってたんだ」

「へぇ、そうなんだ。素敵な店だね」



うん、と小さく笑う彼の表情は、どこか誇らしげだった。







通されたのは仕切りのある、海が一望できる個室。



「美味しい!」

「本当?良かった」



コースでやってくる、海鮮が中心の和洋折衷料理はもう蕩けちゃうくらい美味しくて。
流石詩紋くん。舌は確かなんだ。


番組で一年以上共演してる私達には共通の話題も結構ある。
その殆どはスタッフの事とかお菓子の話題なんだけど、他愛のない談笑を楽しんでいたら、デザートがやって来た。
持ってきてくれたのは恰幅の良い男性で、この店の店長だと挨拶してくれる。



「お久しぶりです、店長」

「なんだ詩紋。全然来ないから忘れられたかと思ったぞ」

「とんでもない!あの、仕事が忙しくて‥‥すみません」

「馬鹿かお前は。んな事ぁテレビ見てりゃ知ってるって。ほらよ」



ニコニコしながら店長さんは、テーブルの真ん中に大きなケーキを置いた。



「今日はお前の誕生日だろ。これはウチからのサービスだ」

「‥‥あ、ありがとうご 「え!誕生日っ?」



初耳なんだけど!
‥‥いや、確か二月って聞いたような気はするけど‥‥日にちまでは聞いてなくて。
と言うか、今日って。
プレゼントも用意してないのに。




「なーに、礼は恋ちゃんのサインがいい。今日のことは絶対に口外しないから、代わりにサインしてね、恋ちゃん」

「あ、はい、私なんかで宜しければ‥‥?」

「よしっ!良けりゃ握手なんかも‥‥おお、ありがとう!」

「店長!」



私の両手を握りブンブンと上下に振る店長さんはニコニコしていて、少年みたい。
詩紋くんが咎めると手を引っ込め、ごゆっくり、と言い残して厨房に消えていった。



「ごめんね、店長は昔から恋ちゃんのファンだったから‥」

「ううん、嬉しかったよ。それより何で誕生日って言ってくれなかったの?プレゼントくらい用意したかったのに」



私が拗ねると、詩紋くんはふっと笑った。

その笑顔が少し切なそうで‥‥なのにとても柔らかくて、胸がドキッと音を立てた。


それ以上は聞けないまま。
折角の誕生日なんだから明るくしなきゃ!と私も張り切って、バースディソングを歌う。


今日で24歳を迎える詩紋くんは、勢いよく蝋燭を吹き消した。




 


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