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「恋ちゃん、おはよう。今日は無理言って誘っちゃってごめんね」
「お、はよう!いいよ、久々の休みで予定も考え付かなかったし」
「忙しすぎて大変だね。いつもお疲れ様」
乗って、と詩紋くんが助手席のドアを開けてくれた。
すっきりした身のこなしが王子様みたいで、恰好いい。
よく考えれば陽の下で会った事がなかったんだけど、この人にはお日様がよく似合う。
癖のある、色素が薄い柔らかな髪がふわっと風に揺れる。
「今日の恋ちゃん、いつも以上に可愛いね」
「ありがとう!詩紋くんも恰好いいよ」
「お世辞じゃなくて本当、すっごく似合ってる‥‥」
「あ、ありがとっ。詩紋くんも本当に恰好いいから‥」
昨日、黒のニットと散々悩んで白のニットワンピにしたけど良かった。
ほんの少し照れている風な詩紋くんに釣られて、私も恥ずかしくなったけど。
「あ、あのね!この車って詩紋くんの?」
「うん。番組を一年続けられたご褒美に、思い切って買ったんだ」
先週納車したばかりなんだけどね。
そう言って爽やかに浮かべる笑顔が眩しくて。
またドキドキしてしまった私。
「ちゃ、ちゃんと運転できる〜?」
「う〜ん‥‥どうかなぁ?誰かを乗せた事ないから、緊張のあまりハンドルを切り間違うかも」
「えっ!やだ嘘!」
「あはは、嘘だよ」
「‥‥‥もう!からかわないで」
「ごめんごめん、冗談が過ぎたね‥‥‥夢が叶ったんだ。慎重に運転する、何があっても」
夢?ああ、車を買ったことか。
「そっか。夢が叶ってよかったね」
「‥‥うん。誘うのに勇気が要ったけど、幸せで堪らない」
詩紋くんは前を見たまま、本当に優しく微笑った。
行き先を聞くことすら忘れていたのは少し間抜けだったかな。
と、後になって思い返す。
けれどこの時は、滑るように走り出した車の中。
心配していた気まずい空気を和らげてくれた事に感謝しながら、隣の彼を強烈に意識していた。
「わぁっ‥‥海!見て!綺麗!」
「あはは、窓から手を出したりしないでね」
「‥‥子供じゃないんだから‥‥あ、鳥!海なんて撮影でしか来た事ないから新鮮ーっ!」
車はやがて海岸沿いの道を走る。
詩紋くんの運転はとても心地好くて、不安感が全然なくて。
松本さんなんて、スケジュールが押した時たまにスピード狂になって怖いのに。
乗り心地は快適で、車内の会話も楽しく、気が付けば二時間が経っていた。
開けた窓から思い切り入り込む潮風が気持ちいい。
「車止めるから、もう少し我慢してね」
「‥え?事務所じゃないの?」
用事あるんでしょ?
てっきり、私の事務所に用があるから付き添って欲しいって、頼んでくるものだと思っていたのに。
「昨日行ったから、もう用はないけど?ほら、降りよう?」
私が戸惑っている間に詩紋くんはさっさと降りて、助手席側へ回っていた。
ドアを開けて、笑顔で私に手を差し延べてくれる。
‥‥わぁ、本当に王子様みたい。
ぽかんとしていると、詩紋くんはにっこり笑った。
「こうすると僕でも王子様になれる?」
「王子様にって‥‥‥‥あーっ!雑誌、見たんだね!?」
「うん、だって表紙の恋ちゃんが可愛かったんだもん。買っちゃった」
だもんって!買っちゃったって!
そんなの恥ずかしいよ。身内とかに見られるのってすっごく照れるのに。
って言うか、バレンタインにインタビューしたのに、発行するの早くない?
確か週刊誌じゃなくて月刊誌だったよね!?
──今年のバレンタインは本命がありました?
桜井「本命かぁ。ある、って言いたいんだけど今年もないままです。残念ながら」
──あら、残念ねー。来年こそはイエスの返事を期待していますね。
桜井「(笑)どこかに王子様がいてくれたら」
あの質問を見てからかっているんだ。
あの後、ちゃんと詩紋くんのことを褒めたのに。
『素敵過ぎる』って。
「詩紋くんって、段々意地悪になってきてない?」
「‥‥‥僕が?そんな事ないと思うよ。ただ分かった事が色々あっただけで」
「いろいろ?」
「うん‥‥‥今のままじゃお姫様は遠すぎるって」
行こう、と微笑む眼が、さっきより寂しそうに見えた。
差し出された手に私の手を重ね、車から降りた。
なんだかエスコートされているみたい。
なんだ、詩紋くん好きな人いるんだ。
‥‥遠すぎるお姫様かぁ。
詩紋くんみたいに素敵な人でも届かないって、どんなに凄い女性なんだろう。
その人も早く気付けばいいのにね、と、私の手を引いて歩く後ろ姿にそっと呟いた。
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