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‥‥‥なんだ、そっか。



入ってきた彼の両手には大きな紙袋が四つ。
それぞれに溢れそうなほど、色とりどりのラッピングが詰め込まれていた。



「遅いぞー!って、やっぱりそうだったか」



やれやれと頭を振る監督に向かって、詩紋くんは入ってきたまま直立して、頭を下げている。



「すみません!時間より早めに出たんですが、あの‥‥」

「いい、いい。言わなくて分かるから。大変だな」

「あ‥いえ、そんなことは」

「本当ならマネージャーか事務所が管理するから、本人にはここ迄いかないけど」



ADが気の毒そうに紙袋を見て言った。

そう。
詩紋くんはどこの事務所とも契約していない。
うちのマネージャーも何度か声を掛けてるらしいから、他の大手のプロダクションからも引く手あまたな筈なのに。


本来なら事務所という受付先がある。
けれど、それがない詩紋くんのファンの立場で考えると、彼に直接渡す他ないだろうと思う。


と言うよりは、直接渡せる可能性が高いのか。
タレントを守るマネージャーや付き人がいないから、渡し放題と言えばそうなのかも。




「遅くなってごめんね恋ちゃん」

「‥‥え?」



いつの間にぼんやりしていたのか。
詩紋くんに話しかけられて、彼が隣に立っていると気付いた。



「ううん。カメリハ始まってないからギリギリセーフ。それより、いっぱい貰ったねー!」

「うん‥‥こんなに食べられないんだけど」



セットの周りではスタッフがそれぞれ持ち場に着き始めた。
慌しくなった空気の中、まだ隅にいるのは気が引けて。

袋の持ち手を一瞬だけぎゅっと握って、中に手を突っ込んだ。



「‥はい。更に一つ増やして申し訳ないんだけど」

「え?‥‥僕に?」

「うん。皆に感謝を込めて。今年は先生の助手としての威厳があるからね、頑張って作ったの‥‥‥生チョコ、簡単だけどね」









一つ多めに作っておいて‥‥‥本当に良かった。










「‥‥ありがとう」





優しく笑いながら受け取ってくれた詩紋くんを見て、胸がチクリと痛む。
チョコ沢山の紙袋でなく、何故か彼のコートのポケットに入っていく、白い花付きのラッピング。


それを何気なく見ながら、私は手提げ袋の中に、覚え終わった進行表を広げて入れた。


















撮影は難なく終わり、私は次の雑誌インタビューの仕事へ。


マネージャーの松本さんとスタジオを出る際、「お疲れ様でした!」と挨拶すると皆陽気に返してくれるこの空気が好き。

それなのにたった一人と視線を合わせられない事を、車に乗ってから悔やんだ。



後ろめたさなんて別に、感じる必要ないのに。
詩紋くんは何も知らないんだから。




 















ホテルの一室を利用した取材はスムーズに進んだ。

インタビュアーもカメラマンも女の人で、気さくな美人さん。
そのお陰で私も緊張せず、始終にこやかな空気が流れる。



「では、最後の質問です。今年のバレンタインは本命がありました?」

「本命かぁ。ある、って言いたいんだけど今年もないままです。残念ながら」

「あら、残念ねー。来年こそはイエスの返事を期待していますね」

「あはは、どこかに王子様がいてくれたら」



そう笑った瞬間、相手の目がキラりと光った気がする。



「王子様でしたら『クレスト・カフェ』で共演されている流山さん。彼はとても素敵な王子様でしょう?」




‥‥‥あ、やっぱりその質問が来たか。

番組名まですらすら言っちゃってる事から、どうやらタイミングを狙っていたらしい。



「流山くん、素敵ですよー。だから共演者として、いつかぴったりなお姫様が出来る事を願っています」

「じゃぁ、桜井さんの王子様には遠いのかしら?」

「あはは、素敵過ぎて私には勿体無いですって」




車の中で松本さんが予想していた通りの質問。
身構えていた私は動揺する事もなく、笑って答えた。



噂や嘘のゴシップに踊らされるなんて、二度とごめんだから。




 

 



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