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「‥‥そう、後はあら熱が取れたら型から抜いてね。粉砂糖より、溶かしたチョコかけた方がもっと美味しいって言ってたよ‥‥うん、そう」
私が頷くと、目の端で携帯のストラップが揺れた。
シルバーの星が光をきらりと跳ね返すのが綺麗で、ちょっと嬉しくなる。
「‥‥お礼なんかいいって!‥‥そうだね、今度飲みに行こうね。じゃ、頑張って!」
クリスマスイブの日に番号を交わした元メンバーの子が「ありがとう」ってもう一度言ってくれて、ちょっとした長電話は終了した。
同時に、製菓番組助手によるガトーショコラレシピの伝授も終わる。
「彼氏か‥‥いいなぁ」
素直に羨ましいと思う。
恋がしたい。
やっとそんな風に思い始めた自分を、今度は大切にしたいな。
‥‥なんて、少し切ない気分になりながら携帯を置いて、泡立て器を手にする。
卵黄と卵の入ったボウルを湯せんにかけながら掻き混ぜ始めた。
テーブルの上に置かれた、携帯ストラップのちょこんと小さなパール。
その柔らかい乳白色に頬が緩む。
後から思えば本当に無意識だった。
けれどこの時は確かに、贈り主のことを考えていた。
‥‥想って、いた。きっと。
「おはようございます!」
重いスタジオの扉を開けると、いつもの如く和やかな雰囲気が私を出迎えてくれる。
「おはようさん。恋、今年は本命だけか?」
「そんな事言う人にはあげません」
開口一番、ニヤニヤ人の悪い笑みを浮かべるADにふいっと顔を背けてやる。
「悪かった悪かった。恋はいい子だから意地悪しないよな」
ちっとも悪いと思ってない笑顔で謝られたけど、これもいつもの事。
持ってきた手提げ袋をガサゴソして、包みを一つ取り出した。
「いい子じゃないけど、はい。いつもお世話になってます」
「お、手作りか。ありがとな」
すっかり「気のいいお兄さん」の立場な彼は、嬉しそうに笑いながら受け取ってくれた。
モテるから、今日だけで一杯貰うはずだけど、見かけによらず甘党だからいくつ貰っても嬉しいんだろう。
入り口での会話が耳に入ったらしく、他のスタッフもこちらにやって来る。
私はまた紙袋から、昨夜一晩かけてラッピングした幾つものチョコを取り出した。
「生チョコなので早めに食べてくださいね」
「ありがとう!へぇ、今年は手作りなの?」
「流石は詩紋の弟子」
「弟子じゃないよ、助手だもん」
心からの感謝の気持ちだから、と男女関係なくスタッフ皆に用意した甲斐があった。
後は、お口に合ってくれたらいいんだけど。
「ねぇ恋。ラッピングの色に理由があるの?」
メイクの池山さんの質問に一瞬ドキッとした。
「ないよ。お店で見たらね、カラフルで綺麗だったから色々買っちゃったの」
赤や黄色、緑にオレンジに青。
パステル色まで合わせて、なんと全員分の色のペーパーを買ってしまった。
リボンの代わりに、白の小さな造花で統一している。
ひとつひとつ、包むのも楽しかった。
「へぇ、綺麗ね。でもピンクはないんだ?」
「‥‥‥あ、うん、ないね」
‥‥鋭いなぁ、池山さん。
女の人の着眼点は凄いんだな。
と自分も女だってこと忘れて感心した。
その後、黙々と作業をしていたカメラマンの人や監督にも配る。
まだ姿を見せない人物に、ほんの少し焦りを抱きながら。
「詩紋はまだ来ないのか。そろそろ始めないとな」
ありがとう、と受け取ってくれた監督がそれからポツリと告げる。
そうなのだ。
いつも私より早くスタジオ入りする詩紋くんが、今日に限って、まだ。
‥‥何かあったのかな。
「もしかしたらファンに追っかけられてるんじゃないか?」
「あー、詩紋だもんな」
苦笑混じりのスタッフの会話が聞こえた。
「カメリハ始めるなら、コレ置いてきまーす」
監督の眉が「カメラリハーサルを始めるぞ」って感じに顰められたのを見て、紙袋をスタジオの隅に置きに行く。
その時だった。
「遅くなってすみません!」
勢いよく開かれた扉と、焦ったような声。
皆一斉に入り口を見た。
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