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元旦の朝、八時。
「‥‥‥え?」
「あ、明けましておめでとう詩紋くん」
玄関を開けた僕はそのまま固まった。
不意打ちを越える出来事に、咄嗟に対処出来ずに。
これが泰明さんだったら冷静に反応するのかな、と思ってすぐに否定した。
そう言えばあの人も不意打ちに固まるなって思い出したから。
開いたドアの先には、鼻を赤くした君の笑顔。
何か用事があるんだろう。
それはすぐに分かった。
僕達の関係は、言わば職場の同僚みたいなものだから。
個人的な関係は望んでも簡単に叶えられるものじゃないことも。
‥‥彼女は、手の届かない人。
「恋ちゃん、取りあえず上がってよ」
「ううん。突然だし悪いからいいよ」
どうにか平静さを取り戻して切り出せば、恋ちゃんは更ににっこり笑う。
この笑顔を画面越しに何百回と見ただろう。
こんな風に直接向けられることを願いながら、長い間。
「近くのスタジオで収録が思ったより早く終わったんだ。でもまだこんな時間だし、詩紋くん起こすのもなぁって思ってたところだから」
「‥‥もしかして、ここでずっと待っててくれたの?」
「や、ううん、違うって!今来たところだから!」
僕の言葉に慌てて、顔の前で両手をブンブン振る恋ちゃんの頬も鼻も赤い。
嘘吐きだね。
確かに外は寒いけど。
でも、今来たにしては手が少し震えているよ。
‥‥いつからここに、居たの?
「とにかく、上がってよ」
「えっ?でも出かけるんじゃ、」
「下のポストに年賀状を取りにね。でも後で良いよ。それに‥‥」
ねぇ、いつからそこに居たの?
いつドアを開けるかも分からない僕を待って?
「それに?なに?」
無条件に僕を喜ばせる、そんな君を‥‥‥ほんの少しでも独占出来るなら。
「試作のクッキー焼いたんだけど、試食してくれるなら嬉しいな」
「やった!詩紋くんのお菓子!」
テレビでは見られない、本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
君を知れば知るほど、愛しさが増していくね。
「んーっ!!すっごく美味しい」
「ありがとう」
恋ちゃんの綺麗な指が花柄のティーカップを持ち上げる。
零れ落ちそうな大きな眼を今は細めて、にこにことクッキーを摘んでいた。
それは昨日、ほぼ徹夜で試作したジンジャーとバニラのクッキー。
次の製作会議に持って行こうと思ったんだけど、その前に評価してくれるのは正直有り難かった。
毎週来る収録に合わせて考案したり、伝統のものをアレンジしてみたり。
それは想像より遙かに大変だったけど苦にならない。
自分の手で作り出したものに評価を貰える喜びと、やっぱり作ることが好きなのだと言う実感を、毎度感じられるこの仕事が好きだから。
それに‥‥。
「突然やってきたのに一番に試食できるなんて私、運がいいね」
毎週、君に会えるから。
「食べ難さとかはない?」
「んー?ないけど、そうだね‥‥‥ちょっぴり喉が渇くかな?でもクッキーだからこんなものじゃない?」
「そっか。でも僕も水気が足りないかと思ってたんだ。もうちょっと生クリームを足してみるよ。ありがとう」
「お役に立てて光栄です。って、私の方がありがとうですよ」
ねぇ、君は覚えていないだろうけど
初めて会った時の涙が
忘れられない僕は、
君をずっと笑顔にしてあげたいんだ。
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