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主に仕事のことを話していた。
昔馴染みのスタッフが、何を好きか。
あのADがいかに女の子が好きで浮名を流しているか、とか。

笑いながら話をし、ふと会話が途切れた。
壁時計をちらりと見ると、既に二時を回っていて驚いた。

幾らなんでも、こんなに遅くまで男の人の家に居てはいけない。
流山くんが、そんな人じゃないと知ってても。



「そろそろ帰るね。遅くまでごめんなさい」

「ううん。こっちこそ無理言ってごめんね!送るよ」

「いいよ。タクシーで帰るから」

「分かった」



立ち上がりかけた肩を制し、私は掛けてあったコートに手を伸ばす。
片腕を通した時に「あっ、いけない!」と短い声がした。



「何?」

「いけない、忘れるところだった。ちょっと待ってて」



グラスをサイドテーブルにそっと置いて、流山くんが隣の部屋へ移動した。

彼の一人暮らしの城は2DKで、小綺麗なキッチンと、テレビとソファがあるこの部屋と、後一つはきっと寝室なんだろう。
‥‥流石に踏み込むわけにいかないから、確かではないけど。



「お待たせ‥‥はい」

「‥‥?これは?」




ぽん、とさり気なく手のひらに乗せられたのは小さな箱。



「次の収録の時に渡そうと思ってたんだ」

「‥‥私に?」

「うん。桜井さん、メリークリスマス!」






‥‥‥あ。




とても綺麗な笑顔でじっと見てくるから、不覚にも見惚れてしまった。

それはテレビやスタジオで見せる、見る人をホッとさせるあの笑みとは違う。

切なそうに感じる。
気のせいだと思うけど。




「‥‥ありがとう。開けていい?」



にっこりと頷いてくれたので、そっと緑のリボンを解いた。
可愛い赤の包装紙を破らないよう丁寧に開けて。
箱に書かれている有名ブランドのロゴに、戸惑いながら。


「わぁ!可愛いっ!」



入っていたのは、星をモチーフにした銀細工のストラップ。
所々に埋められている小さなパールが優しく光を放つ。



「気に入ってくれて良かった」

「ありがとう。でも‥‥」




流山くんはこんなに気を遣ってくれているのに。
仕事の人間関係が円滑に進むように考えて‥‥‥
ううん。きっと彼のことだ、日頃の感謝の気持ちで贈ってくれたんだろう。




「私、何も用意してなくて‥‥ごめん流山くん」

「そんなっ!いいよ、僕の方こそ勝手にごめんね!それに‥‥」



見上げる私の前で、流山くんはもう一度さっきの様に笑った。



「‥‥もう、貰ったよ」

「え?何て言ったの?」

「ううん。何でもない」




あ、また。


何でもないって言われても、泣きそうな眼が気になるんだけど。

いつも、誰とでもにっこり笑っている彼からは想像出来なかった。
こんな風に笑う事もあるのだと。



「一つだけお願いしていい?」

「お願い?いいよ」

「名前で呼んで欲しいな」




‥‥何だ、そんな事でいいの。

無理難題だったらどうしよう、と密かに警戒していたなんて言えない。



「いいよ、えーと。詩紋、くん?」

「‥‥‥うん」




急に俯くその耳がほんのり赤いから、おかしくなってクスクス笑ってしまった。
名前で呼んでと言ったのは彼なのに。
実際呼ばれたら、慣れない響きだからか照れちゃって。

この人、可愛い。



「笑いすぎだよ」

「あはは、うん、ごめっ‥」




膨れた表情も犬みたいで可愛い。

こんな犬だったら毎日傍にいたいな、と想像すると妙にツボにはまってしまい、笑い過ぎて涙が滲んだ。
芸能界に入ってこの方、こんなに笑ったのって初めてかもしれない。




「ご、ごめんね詩紋くん。変なツボに入っちゃった」

「ううん。恋ちゃんが楽しいならいいよ」

「ありがと‥‥‥え?」




今、さらっと呼ばれた名前。
驚いて見れば、コートに袖を通す彼と眼が合った。




「恋ちゃん待ってて。タクシー呼んだら下まで送るから」



斜め後ろから見える肩のラインとか、背中とか紛れもなく男の人のもので、ドキッとさせてくれた。

不思議な人だと思う。

今、携帯で話している、真面目な顔や。
テレビや人の前で笑う癒し系の部分と。
子犬みたいな表情と。



流山詩紋という人は、私の中のイメージをくるくる変えてくれるみたい。

もっと知りたい。



‥‥この人を。
何を思い、泣き、笑い、拘るのか。




「あと五分で来るって。行こう」

「うん。あ、そうだ!」



玄関でブーツを履きながら、私は肩越しに振り返った。
何?と後ろで首を傾げる蜂蜜色の髪が、オレンジのライトに照らされまるで陽光のよう。



「メリークリスマス、詩紋くん」



その一言で少年のように笑うから。



「メリークリスマス、恋ちゃん‥‥」

「さっき聞いたよ」

「‥‥‥‥うん。ごめん、嬉しくて‥‥」

「‥‥変な詩紋くん」




そっと肩を抱き寄せられたけれど、怒らずじっとしていることにした。



腕の中にすっぽり納まった自分の身体がやけに小さく感じる。



不思議。

昨日まで何ともなかったのに。
今日は胸が煩い。


背中越しに感じる暖かさが心地好くて、毛布に包まれているみたい。
それは詩紋くんが持つ優しさとか温もりなのか。
嫌ではなく、寧ろ逆。









23歳のクリスマス。

彼と出会って一年が過ぎて、特別な何かが生まれそうな気がした。









20081223
→おまけ
 




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