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お母さんのカレーを食べて、さあテレビを観ようと席を立った矢先に飛び込んだ、異世界。
ようやく世界に溶け込んできたと認識したとき、夢みたいなことが起こったのです。
「ルークううううっ!」
「──うわっ!?」
ひとは幸せの絶頂に達すると、その喜びを誰かに伝えたくなるものなんです。
狂喜乱舞の思いでルークに突っ込むと、勢いを殺しきれずに二人して床に倒れる。
「いてっ!?おいっ、ひな……」
「ルークルークルーク!伝わったんです、私の想い!ガイさんとりょっ」
思い切り噛んでしまった。ルークの胸に両手を置いて、顔を覗き込むようにして興奮気味に言葉を続ける。
「あのね、ルーク!私っ」
「わかった!わかったからちょっと落ち着けって!な?」
ルークの言葉なんて理解する前に、するりと頭から抜けていく。普段の私なら、大人しく耳を傾けている。けれど、今だけは。
「ルークルーク!聞いてくださいっ!私とうとう、ガイさんと両想いになったんです!」
「──本当か?やったな、ひなっ!」
意中のひとと仲良くしましょう同盟を組んでいたルークは、太陽のような笑みを浮かべて、まるで自分のことのように喜んでくれた。
私はその言葉に感極まって、詰まってしまった声の代わりにこくこくと頷く。
「ぐすっ……ほんとに、夢みたいですっ……」
涙腺が緩んでしまって、ルークの姿が霞んで見えた。ふにゃりと顔を歪めて喜びに肩を震わせる。
「──あ!その……水を差すようで悪いんだけどさ、」
「?……ルーク?」
きょとんとしてルークを見下ろす。
潤む視界に映るルークは困ったように眉を下げていて、目で何かを訴えている。
と、そのとき、ひょいと私の身体が浮いた。
「はひゃっ……!?」
両脇に手が差し入れられて、幼子にするように抱き上げられている。私はびっくりして、ぱちぱちと瞬きをした。
「えーと、ひな。何してるのかな?」
「ガっ……!」
「ガイ!」
私とルークの声が重なった。
「ガイさん……っ!」
この大きな手のひらの温もりがガイさんのものだと認識した途端、驚きとは違う感情で心臓がバクバクした。真っ直ぐ前を向いたまま、振り返れない。
「お、おも……っ」
「ん?」
「重いですから、おろ、下ろしてくださ、」
「ひなは軽いぞ?」
そんなわけないと心の中で叫ぶ。声には出せなくて、ふるふると小さく首を横に振ることしかできないんだけど……
心中を察してくれたのか、ガイさんはくすりと笑って、私をそっと地面に下ろしてくれる。
おそるおそると振り向くと、優しい顔をしたガイさんと視線が絡む。私の目尻に涙が溜まっていることに気づくと、指のはらでそっと拭ってくれた。
「……ガイっ、違うから!俺たちは別にっ」
「ルーク。わかってるよ」
起き上がって何やら慌てているルークを制して、ガイさんが笑みを向ける。……相変わらず、二人は仲がいいです。みなまで言わずとも、ですか。
(……あ)
知らずやきもちを焼いていることに気づいて、はっとした。
私、わがままになってる。協力してくれてたルークに、こんな感情を抱いてしまうなんて……
「ひな?」
「ふぁ、はいっ!」
軽い自己嫌悪に陥っていた最中、ぽんと肩を叩かれて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「少し外に出ないか?」
視線を彷徨わせると、ルークがベッドの縁に腰掛け、こっちを見ている。行ってこいよ、と言われている気がした。
「よ、喜んで!」
舌を噛みそうになりながら返事をすると、ガイさんとルークが同時に笑った。
……やっぱり仲良しです。
自然な所作で手を差し出される。
「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
ガイさんの手を借りて、段差を越える。
戦いのときはとにかく俊敏で、目にも留まらぬスピードで敵を翻弄し、倒していくガイさん。
けれど普段は物腰が柔らかで、とても紳士的。ナタリアさんと同じで、気品が漂っています。
のどかな小道を二人並んで歩く。とても小さな村だから、地面は舗装されていない。けれど転ばないのは、ガイさんが気を遣ってくれているから。
(……かっこいいなぁ)
隣のガイさんをちらと盗み見る。
精悍な顔立ち。見つめるだけで胸が高鳴って、どうしようもなく好きなんだと自覚する。
「……あのな、ひな」
「はいっ!」
前を向いていた目が横にずれて、ばっちりと視線が重なってしまった。見ていたの、ばれちゃったかなぁ……
「…………」
ガイさんは何やら神妙な顔をして、咳ばらいをひとつした。
ただならぬ雰囲気に、ぎくりとした。
……もしかして。見破られているのだろうか。
「……前にも言ったが」
「っ、ごめんなさいガイさん!」
「え?」
思わず言葉を遮って、動かしていた足をとめ、謝罪とともに頭を下げた。
ガイさんの声は驚いていたけれど、ぎゅっと目をつむって、そのままの状態で言葉を続ける。
「自分でもわかってるんです!わがままになったって…………ルークにまでやきもち焼いちゃって、ほんとにもう……私ってば、なんて……!」
「は?……ひな?」
「……え?」
少し間を置いて、今度は私が聞き返した。だって、ガイさんの声が明らかに困惑している。
「…………ええと、違い、ました?」
頭を戻して、小さく尋ねる。
「……ぷっ」
引き攣った笑みを浮かべる私を面白いと思ったのか、突然ガイさんが笑い出した。
「はははっ……悪い、つい……!」
「……あの?」
肩の力が抜ける。どうやら呆れられているわけではなさそうだ。
何と聞いたものかと迷っていると、ガイさんにくしゃくしゃと頭を撫でられた。見上げる眸は明るい。
「俺が言おうとしていたのは、そんなことじゃないよ」
「え?」
「あまりルークと二人きりにならないでくれ。……そう、言おうと思っていたんだ」
「あ……ああっ、」
そういえば、想いが通じ合ったあとに、そんなことを言われた気がする。有頂天になっていて、あまりよく覚えていないのだけれど。
「そ、そうです……今思い出しました」
「姿が見えないと思って捜していたんだが……焦ったよ。ようやく見つけたと思ったら、ひながルークを押し倒しているんだもんな」
「お、おしたお……っ!」
ち、違います!そう言いたくて咄嗟にガイさんに縋り付くと、わかってる、と穏やかな声が耳を擽った。
「そんな気がないことくらい、ひなを見てればわかるよ」
「はいっ!私はガイさん一筋ですから!」
言いきってから、顔が熱くなった。わ、私っ、人通りが少ないとはいえ、村の往来でなんてことを……!
「ははっ、ありがとな。嬉しいよ」
ガイさんは目を細めて、また頭を撫でてくれた。ガイさんにそうされると、すごく幸せな気持ちになる……
「それにしても。俺もリオも、まさかルークに嫉妬するとはなぁ……」
「……う。だ、だってルークは、ガイさんとずっと一緒にいたから、すごく仲良しで……」
「ひなだって仲良しじゃないか。ルークのことは呼び捨てで」
「ティアだって呼び捨てですっ」
「彼女は女性だろう?」
鋭い切り返しにうっと言葉に詰まる。
確かに、男のひとで呼び捨てにしているのはルークだけだけど、それは呼びやすいからであって……他意はないのに。
(…………あっ、)
そこまで考えて、私はようやくガイさんの望みに気づく。
もしかしてガイさんは、私に呼び捨てで呼んでほしいのだろうか。
「…………」
困ったように頬をかいているガイさんを真っ直ぐに見つめて、私は覚悟を決める。
「……えっと。ガ、ガイ?」
「っ!」
少し斜めを向いていたガイの顔が、バッと私の方に向けられて。程よく焼けた頬がほんのり赤く染まる。
「……ガイ、顔が赤いです」
「あー……そりゃあ、まあ。嬉しいからな」
ガイの告白に私は嬉しくなって、その腕に思いきり抱き着いた。
またひとつ、ガイのことを知ることができました。
駆け足では無理だけれど、
(ルークルーク!聞いてくださいっ!)
(……わかってないぞ、リオ)
(呼び捨てで呼んだら、ガイがっ……)
(っ!?ストップ、ひな!)
恥ずかしいから、ルークには言わないでくれ!
end.
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