夕暮れの告白 (2/3)
*慶次
まるで我が子を見るような二人の眼差しに、ひなはどこか居心地悪そうに視線を下げた。
「ひな、久しぶりだなぁ!」
「最近は可愛い姿が見えなくて、心配していたのですよ?」
掛けられた言葉は、とても温かくてまるで本当の両親と接しているような心地がする。彼女の両親は既に他界しているのだけれど。
「ええと、……お店の仕事が忙しくて。心配させてしまって、すみません」
「そうだったのですか。それでは、慶次ともあまり?」
「あ……は、い。そうなんです」
ひなは淡い微笑を浮かべて幾つか受け答えをしたのち、仕事があると言って利家とまつに別れを告げた。
とぼとぼと歩く表情に覇気はない。視線は俯きがちだった。
(どうしよう……利家さんとまつさんに、何て言ったら)
本当は今日、あのことを伝えるつもりだったのだ。二人を目の前にして言葉に詰まり、どうしても口に出すことができなかったのだが。
夕暮れの空には雁が群れをなして飛んでいる。宵が迫り、寒さが足音を立てて近づいてきたようだ。ふるりと身震いをする。
「寒い……」
明日からは着物を一枚増やそうと心に誓って、のろのろとしていた歩調を少しだけ早めた。足が疲れてしまうので、男の人に比べると大分遅いが。
はぁ、と息を吐いて両手を擦って、寒さを凌ぐ。
そのときだった。背後から伸びてきた逞しい腕に包まれたのは。
「ひゃっ……!」
あまりに突然のことだったから、上擦ったような高い悲鳴が上がった。反射的に腕から逃れようと身体を捩る。
「ひな、俺だよ!」
「……け、慶次さん?」
焦ったような呼び掛けにはっと我に返って、動きをとめた。冷静になってみれば、この腕は確かに彼のものだ。
「びっくりしました……」
「驚かせちまって、悪かった。けど、どうしても捕まえておきたくってさ」
「……!」
その言葉に含まれた意味に気づいたひなは、さっと表情を強張らせた。慶次が背後に居て良かったと、ひっそりと思う。
「わ、私……あの、」
「おっと。“仕事”ってことはないよな?今日は暇を出した、っておっちゃんが言ってたぜ」
「…………」
ひなは言葉を失い、俯いた。
「なぁ、何で俺を避けるんだ?」
「…………」
やはり気づいていた。声からは怒りといった感情は窺えないものの、ひなは沈痛な面持ちで沈黙を続ける。
「俺が何かしたか?」
「…………いいえ。何もしていないです」
「じゃあ何で、」
「……慶次さんは、もう私と会わない方がいいんですっ……!」
慶次の言葉を遮るように言い放ち、ぎゅっと眼を閉じた。
(私は身寄りのない町娘、だから)
誰かに何か言われたわけではないが、ずいぶん前から釣り合わないと感じていた。前田家の風来坊と自分では、あまりに違い過ぎる、と。
「……ふう」
慶次が耳元で吐息を零し、ひなはぴくりと肩を震わせた。
「ひな」
「……はい」
「俺の奥さんになってくれないかい?」
「……っ!?」
閉じていた眼を見開き、ひなが驚愕する。
どくりと跳ね上がった鼓動と、意識とは別に勝手に上がっていく体温。声は出せずに、こくりと唾を呑み込んだ。
慶次はゆっくりと腕を解いて前に回り込むと、ぱったりと身体の横に垂れている両手を取って、大きな手のひらで包み込んだ。
「俺、こんなんだけどさ。ひなを養うことぐらいは──っ、どうした?」
真摯な眼差しを注いでいたひなの眦から、ぽろりと零れた滴に慶次は瞠目する。
ふるふる、と首を横に振るひなの頬に片手を滑らせれば、潤んだ大きな眸が慶次を真っ直ぐに見上げた。
「……うれし、です」
ぼろぼろ涙を零して、顔を歪めての小さな呟きに、ぱっと慶次の顔が綻ぶ。
「……良かった。ひなに愛想尽かされたわけじゃなかったんだな」
「そ……っ、そんなこと、あるわけないです……」
ゆるりと抱き寄せられ、抗うことなく受け入れる。ひなの小さな手が、慶次の着流しを掴んだ。
「わたし、嬉しいです……身寄りのない私なんかを、」
「もしかしてひな、それを気にしてたのかい?」
「…………」
「ばっかだなぁ!」
小さな頷きののちに、笑声が上がる。慶次は慰めるように、その背を優しく叩いてやった。
「ひなみたいに器量好しの女は他にいないよ!もっと自信持てって!」
生まれも境遇も関係ない、ときっぱり言い切って。慶次はふわりとひなを抱き上げた。
「ひゃ……!け、慶次さん……!」
「これからは俺の奥さんだ。嫌って言っても離さないからな?」
「……はい」
別れを告げようとしていたのに。
眩しい程の笑みをくれる彼に、ひなも涙を浮かべて微笑むのだった。
夕暮れの告白
(──つうわけで、新居が決まるまでひなもここに住まわせてくれ!)
(お、お世話になります……)
(まあまあ、大歓迎ですよ!ひな、遠慮なさらずに寛いでくださいね!)
(ひなー、俺のことは兄さんと呼んでくれていいからな!)
(え、おいトシ……ま、いいか)
終
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